2016年03月の記事 - 新生itachizm
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メアドを勝手に登録されて俺の怒りがマッハ

一度は削除したエントリーをまた復活することになろうとは。

自分には長らく使用しているGmailアカウントがあるんですが、世界各地にメアドが漏れたせいでスパムが毎日わんさか届くようになってしまった。
しかしGoogleのスパムフィルタはなかなか精度が高いので、おおらかな僕は気にせず運用していたわけです。

で、ある日メールチェックのためにGmailを開いてみたら、心当たりのないメールがたくさん届いていたと思いねぇ。




な、なんじゃこれー!?

こ、これはどこかの誰かがメアド間違えて登録しちゃったケース!?




メールの中身を見たら、心当たりのない個人名と車の名前。
豊原じゃないしストリーム乗ってないし!

心当たりのない保険見積もりがばんばん届いて、俺の怒りがマッハ。






で、もしやとおもってウザい楽天DMを自動振り分けしてるフォルダを見に行ったら、やっぱりありました。





調べてみたらクーポンはおまけで、一括見積もり申し込みで付与される楽天ポイントが目当てだったようです。
だが、肝心のメールURLには一切触っていないので、豊原はざまを見よ。

しかし、どこの保険会社も見積もり請求とともにメルマガも自動登録されちゃうらしく、これを解除しようと試みたところ、仮登録時の個人情報を入力しろと要求されて詰んだ。

豊原の個人情報なんて知るかー!




ちょっと思ったんだけど、この仕組み、メルマガ配信のパーミッション取得として成立してなくね?
だって、配信に同意したのは豊原だよ?

なぜ豊原が私のメアドで執拗に登録するのか本当に意味がわからないのですが、たぶん、アカウント内に含まれるピリオドは無効という仕様を知らないんでしょう…。

たとえば、testtest@gmail.comというアカウント所有者の場合、「test.test@gmail.com」「te.sttest@gmail.com」宛のメールがどちらも届くわけです。



と、いうわけで主に豊原宛にブログを書きました。
豊原ははやく気付いて人のメアドでサービス登録するの諦めてください。

※※※

と、ここまでが2014年10月に書いたエントリー。
現在はどうなっているかというと、こうです。


誰なんだよお前は

今度はマドリード在住のボンクラにメアドを間違い登録された。

Facebookってメールアドレスで検索すると、そのアドレスで登録している個人を見つけることができるんですが(危ないのでプライバシー設定でオフにできます)、現役で使用しているメールアドレスで検索したら見に覚えのない個人が出てきて目を疑ってしまった。
仮登録とかないのかよFacebookよ。

そして今度はこれ。



どこの高橋だよ!!豊原はどうしたんだよ!!!




そんなに間違いやすいアカウントじゃないと思うんだけどなぁ…。
呪われてんのかなぁ、これ。

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第十話「世界の終焉」

「ムサシ、おれ、不滅隊に入ってモードゥナに行くよ。」

いきなり聞かされたママルカの宣言に、俺は面食らった。
そういえば、エオルゼア同盟軍が結成され、決戦のために志願兵を募っているという話は聞いた。
国を、家族を守るため、あるいは単に金を稼ぐために、ウルダハの若者が次々と志願してモードゥナに向かっているらしい。

「おれ、ウルダハの生まれだし。チャチャピのことも守りたい。だから決心したんだ。」

なんてことだ。ママルカの口からいつもの軽口がまったく出てこない。
彼はどうやら本気らしかった。

「ムサシはウルダハに残ってドリスを守ってやれ。ついでといったら悪いけど、うちのチャチャピのことも気にかけてやってくんねぇかな。」
「あ…ああ。もちろん。」

ママルカが戦場に行ってしまう…急に胸が詰まって苦しくなった。
視線をあわせるために腰を落としたら、ママルカが俺の身体に腕をまわしてきた。俺も力を込めて抱きしめる。
ママルカのことだから、どんな窮地も機転で切り抜けるだろうが、なにが起きてもおかしくない戦場だ。
これがママルカとの最後の別れになったとしても、何ら不思議ではなかった。

「ママルカ、お願いだ。」
「なんだ?」
「いざ危ないと思ったら、なんとしてでも生き延びてくれ。どんな卑怯な手を使ってもいい。帝国兵に呪いをかけてクソにしてもいいから。」
「そうか、その手があったな。任せてくれ。」

メネフィナよ、アーゼマよ。どうか、ママルカをお守りください。
俺は大切な親友まで失いたくはないです…。

「死ぬなよ。」

死ぬなと言うのにひどく苦労した。
言葉にしてしまったら、それが現実味を帯びてしまうと思ったから。

「死ぬもんか。」

ママルカはきっぱりとそう答えた。
何でもいい、いつもの冗談を飛ばして欲しかったけれども、彼自身、この戦いが厳しいものになることを予感していたのかもしれない。



短い別れを交わした翌日、ママルカはあっさりとモードゥナに向けて旅立っていった。
見送りは照れくさいからといって断られた。あいつらしいことだ。

それからさらに数日たったある日のこと。
家の戸を乱暴に叩く音がしたので出てみると、俺の腰の高さにつむじが見えた。
焦げ茶色の髪をおさげにしたララフェルだった。例によって人間の子どもにしか見えない。
片手に鶏の卵が入った籠、もう片手では大きなカボチャを抱えている。

「あなたがムサシね?」

なにか怒っている風な口調だった。
少し日に焼けたそばかすのある顔、緑色の気の強そうな瞳がぐっと俺を睨みつけてくる。
相手は俺のことを知っているようだった。

「もしかして…チャチャピ?」
「当たりよ。うちのボンクラから聞いてるでしょ。」

そういって、トコトコと家の中に入ってくる。
テーブルの上に籠を置こうと背伸びしていたので、手を貸した。渡されたカボチャもテーブルに乗せる。
それにしても、なんでこんなに怒ってるんだろう? 俺、なにか嫌われてる…?

「あらあら。」

人の気配を感じたのだろう、ドリスが羽織ものをして寝室から出てきた。
彼女はこのところ具合があまり良くなく、一日のほとんどを寝室に篭って過ごしているのだが、今日は顔色も良い。

「珍しいわね。ムサシにこんな可愛らしいお嬢さんが会いにくるなんて。」
「えっ、可愛らしいですって!?」

ドリスのほうを振り向いたチャチャピの顔がぱっと輝いた。露骨に喜んでいる。
どうやらドリスのおかげでチャチャピの怒りが俺から逸れたようだ。
俺はチャチャピに椅子を勧め、ドリスにも手を貸して座らせると、お茶を淹れるためにそこを離れた。

チャチャピの話によると、ママルカが出発する際に、俺の家に食材を届けるようにと言い残したらしい。
どうも、俺がまともなものを食べていないということを察していたようだった。
ドリスの食事は気をつけていたが、そういえば自分のほうはいつも適当に済ませていたっけ。
ママルカから飯はしっかり食えって叱られたっけな…。

「ママルカさんにはよくお世話になったわ。こんな素敵な奥さんがいるなんて、もっとはやく紹介してもらうんだった。」
「うふふ、私もはやくドリスさんにはお会いしたいって思ってたんです。でもママルカったら、いつもムサシがどうしたムサシがこうしたって。そんなにムサシが好きならムサシと結婚すればいいでしょ! って喧嘩になっちゃったこともあって。」

チャチャピの態度が妙に刺々しかった理由がわかってしまったぞ。
そんなに俺の名前ばかり聞かされていたら嫉妬してもおかしくない。
しかし、ママルカのやつ、いったい奥さんに何を話してたんだ。まったくもう…。

「困った人ねえ。でも、うちの亡くなった夫も似たようなものだったわ。ムサシのことが可愛くてしかたなかったのね。私が言うのもなんだけど、この子ってなにかちょっと危なっかしくて放っておけないところがあるでしょう?」
「そういわれてみれば、なにか肝心なところが抜けてる感じですよね…。」

ううっ…ふたりの視線が…痛いッ…!
なんで俺の話で楽しそうに盛り上がっちゃってるんです?

全部まるっと聞こえてしまっているわけだが、女性陣はそのようなことはお構いなしのようだった。
俺はふたり分のお茶を淹れると、テーブルに運んでいった。

「あら、あなたの分は?」
「あっ…。」

忘れてた。

「ほらね。いつもこうなのよ。」
「なるほど。ママルカが放っておけないわけね。」

ふたりからクスクスと笑われてしまった。
自分の分のお茶を淹れて戻ってくると、 彼女らはなにか他愛もない話で盛り上がっていて、俺はさっぱり話に入ることができなかった。
それでもこんなに楽しそうに笑っているドリスを見るのは久しぶりだ。家の中がぱっと明るくなったような気がした。

「こんなに大きなカボチャまで頂いちゃって。嬉しいわ。」
「チャチャピ、本当にありがとう。ドリスもおしゃべりできて楽しいみたいだし、良ければいつでも遊びにきてくれないかな。」
「うちの実家は農家なんです。卵と野菜ならおすそ分けできるから、また来ますね。」

チャチャピはドリスににっこりと微笑んだ。さきほどの不機嫌もドリスのおかげですっかり直ったようだ。良かった。
しかし、くるりと俺のほうを向いた彼女からは、もう笑顔が消えていた。

「そういえば、私、野うさぎが食べたいのよね?」

うっ。唐突にそれか。獲物が多くとれたときにママルカにも渡していたから、当然彼女も知っているわけだ。
しかしモグラじゃなくて、野うさぎを要求してくるとは、こやつ…!

「私が卵と野菜を提供。あなたが代わりに肉を調達。悪くない取引でしょ?」
「はあ…わかったよ。なるべく太ったやつを捕まえてくる。」
「こんなときだからこそしっかり食べなくちゃね。期待してるからね!」

有無を言わせぬ口調だった。なんだこの駆け引きの鮮やかさは…。
さすがママルカの奥さんだ。抜け目がない。これは油断できない相手だ。

そういうわけで、この日からチャチャピがときおり家を訪ねてくるようになった。
チャチャピもママルカが戦場に行ってしまって不安だったろうが、ドリスとおしゃべりすることで気が紛れるようだった。

俺が野うさぎを狩ってくる。チャチャピは卵と野菜を持ってくる。
この時勢にしては珍しく栄養バランスのいい食事ができるようになった。
暗い話には事欠かない毎日だったが、三人で食卓を囲むのは楽しかった。

それでも、空を見上げるとそこには真っ赤なダラガブがあって、もはやいつ落下してもおかしくない大きさになっていた。



いよいよ最終決戦が迫っていると、ウルダハ国内に緊張が高まっていた。
三国の指導者たちも戦地へ向かったらしい。
そんなとき、戦地のママルカから便りが届いた。

帝国軍がカルテノー平原に広く布陣していて、エオルゼア同盟軍の兵士たちもそれを迎え撃つ形で陣形を組んでいるそうだ。
ママルカは伝令兵となって、それぞれの陣地をせわしなく行き来しているらしい。
どの隊も物資不足が深刻だが、とりあえずクソみたいな飯にはありつけていると書いてあった。
いつものような軽口にホッとしたが、手紙は二通あった。片方は遺書だった。
自分になにかあったらチャチャピに渡して欲しいと締めくくられていた。

それから、荷運び場はついに営業を停止した。
雇い人も依頼人も次々と戦場に行ってしまったからだ。
親方は戦争が終わったらまた再開すると言っていたが、いつ戦争が終わるのかは誰にもわからなかった。

収入が途絶えた。それどころか、ドリスの薬が入荷するアテも無くなってしまった。
つまり金をいくら積んでも手に入れることができなくなってしまったということだ。
ほうぼうの病院なども当たってみたが、かき集められたのは微々たる量だった。
在庫はまだ少し残っているが、それもいずれ尽きてしまう…。
万策尽きて途方に暮れていたら、見知らぬ男に声をかけられた。

隻眼のその男はベルクと名乗り、なんでも取り扱う仲介業者だと自己紹介した。
ドリスの薬を調達できるかと尋ねたところ、可能だと答えた。
彼が代わりに要求してきたのは、金ではなく、俺自身だった。
身体を売ったのはあれ一度きりだったが、こうなったら何度売っても同じだ。
これでドリスの薬が手に入るのだったら、なんでもやってやろうという気になっていた。

ベルクに連れられて行ったのは、政庁層にほど近いところにある高級娼館だった。
外観からは娼館だとわからない。ただ、入り口に変わった形のランプが灯っていて、用心棒らしい屈強な男が立っていた。
貴族や裕福な商人などが出入りしていて、運営しているのも国の有力者だという話だった。
ベルクの顧客には特殊な性癖のある「高貴なお方」が何人かいるらしく、彼らの要求を満たすのも大事な商売なのだとか。
つまり、高貴なお方の中に俺みたいな変わり種を所望するやつがいるってことか。
ふと、以前一度だけ身体を売った相手のことを思い出した。もしかして彼が? いや、別にどうでもいいか。

建物の中は全体的に赤っぽく、香を焚きしめた匂いがした。途中で薄物をまとった女と何度かすれ違ったが、彼女らは俺を気にする様子もなかった。
ひどく場違いなところに来てしまったようで気後れしたが、ベルクは気にせずどんどん奥へ入っていく。
通された部屋は階段を登り切ったところにあり、重そうな扉の向こうには天蓋つきの大きなベッドがあった。
はめごろしの窓がひとつだけあり、そこからはウルダハの下層と、天空に赤く燃えるダラガブが見えた。

「さて、今日からここがお前の仕事場だ。」

ベルクはそう言うと、俺に鍵つきの首輪を差し出した。

「これはここの商品であるという印だ。拘束するためのものじゃない。お前はここで俺が連れてくる客の相手をする。俺は対価としてお前に約束のものを渡す。客をさばききったらその日の仕事は終わり。首輪も外してやるし、家へも帰れる。どうだ、悪い取引じゃないだろう?」

ドリスの命がかかっている以上、選択の余地はなかった。
黙って頷くと、俺は首輪を受け取った。



最初の数日のうちは、せいぜい二、三人の相手をするだけで良かった。
ベルクは律儀にもきっちりと薬を渡してきたし、俺の目的はそれだったから、特に不満はなかった。

それで、薬が少なくなると、自ら娼館へ出向き、自分を売るようになった。
どんな客が来ても別け隔てなく相手をした。彼らの言うなりになった。
ここにやってくるのは上流階級や金持ちの連中だけらしく、知り合いにばったり遭遇する心配はまずなかったのだが、それでも客からモノのように扱われると、なんだか心まですり減っていくような気がした。
やっと解放されて家に戻ると、いつも気絶しそうなほどクタクタに疲れていて、ドリスにおやすみの挨拶もせずに暖炉の前で丸まって眠った。

チャチャピを交えて食事をする機会もめっきりと減ってしまった。
娼館での仕事は夕刻から深夜というのがほとんどで、そうすると彼女と会うことができない。
それでも約束を反故にするわけにはいかないから、暇を見つけては野うさぎを狩りに行き、ママルカの家の戸口まで届けに行った。
かわりにうちの前に卵と野菜が置いてあることもあった。ドリスに聞いてみたところ、ときおりやってきては様子を見てくれているらしい。助かる。

そういう生活を続けて数日たった頃から、さらに多くの客をとらされるようになった。
ベルクいわく、俺のことが客の間で評判になっていて、指名が増えているんだそうだ。
彼にとって、俺は金の卵を産むガチョウのようなものだったのだろう。
俺は今までよりも長時間、娼館に拘束されるようになっていた。

その日は夜が明けてからからようやく解放された。
襲い来る眠気と戦いながら、やっとのことで家にたどり着くと、戸口の前にチャチャピが座り込んでいた。

「やっと会えた。あなた、私に隠し事をしてるわね? バレてないとでも思った?」
「チャチャピ、ごめん…。」

もう限界だ。もう眠らせて欲しい。
なにか話しかけてくるチャチャピを押しのけて家に入ると、俺は暖炉の前に敷いた毛布に倒れこんだ。
すうっと意識が遠のいて、あっという間に眠りに落ちてしまった。

数時間は泥のように眠っていたのかもしれない。
目が覚めると身体に毛布が巻きつけてあって、それからなにかいい匂いがした。

「私を放っておいてぐうすか眠りこけるなんて、あなたもたいがいよね。」

まだチャチャピがいた。
口調は怒っているが、湯気のたつ野うさぎのシチューをわざわざ運んできてくれた。

「ドリスはもう食べて、さっき眠ったところ。」
「あ…ありがとう。」

とはいったものの、シチューに手をつける気になれなかった。
ひどく迷惑をかけたことが申し訳なくて黙っていたら、彼女のほうから声をかけてきた。

「ドリスの薬のためなんでしょう?」
「うん…。」

視線を落として頷く。
彼女に隠し事をしていたことが、ひどく恥ずかしかった。

「どんな契約をしているのだか知らないけど、その分じゃ、相当こき使われてるみたいね…。」

どういう情報網を持っているのか、彼女は俺の仕事のことをすでに知っているようだった。
それなら話は早い。細かい経緯は端折り、娼館で働くことと引き換えにドリスの薬を手に入れていることを説明した。
それから、稼ぎとして受け取ったばかりの薬を差し出して、彼女にこう頼んだ。

「俺…監禁されるかもしれない。そうしたら、チャチャピ、薬を受け取ってドリスに届けてくれないか。君しか頼れないんだ、頼む。」
「私がそう簡単にハイわかりました、なんて言うと思う?」

彼女の言うとおりだ。
だけど、でも、他に薬を手に入れる方法が思い当たらない。
それに薬を切らしたらドリスが死んでしまう。そんなのは絶対に嫌だ…。

「ほら、シチュー冷めちゃうでしょ。まずはそれを食べて。」

チャチャピに言われて、ようやく自分が空腹なことに気付いた。
このところ痩せた野うさぎしか手に入らないのだが、それでも肉の入った温かいシチューは空腹を満たしてくれた。
つい床にあぐらをかいたまま食事をしてしまったが、チャチャピがお茶を淹れて戻ってきたので、俺も立ち上がって椅子に座った。寝床がわりの毛布は背もたれにかけた。
頬杖をついて俺の様子を見ていたチャチャピが、ふうとため息をついた。

「あなたが無理して薬を調達しているってこと、ドリスも薄々気付いているみたい。自分のせいで辛い目にあわせているのが申し訳ないって。」
「そんなこと…これは俺が自分で決めてやっていることだから、別に後悔してないよ。」
「それでも、ドリスのためにあなたが監禁されてしまったら、それこそ本末転倒よ。じゃない?」

返答に困った。
監禁されるかもと咄嗟に口走ってしまったのは、最近になって明らかに拘束時間が長くなっているからだ。遠からずそうなるという予感がしていた。
ウルダハに危機が迫る一方で、現実から目をそらして享楽にふける貴族や金持ちが増えているせいだ。そしてそれを利用して金を稼ごうと考える輩も。

「…あなたには言い難いんだけど、ドリスの命はそう長くないと思う。」

チャチャピがゆっくりとつぶやいた言葉を聞いて、心臓が跳ね上がった。急に息苦しくなる。
彼女の顔を見ると、ひどくつらそうな表情をしていた。

「できるだけ彼女のそばにいてあげたほうがいい。彼女もそれを望んでる。」
「それでも、薬を飲んでいれば、少しでも先送りできるじゃないか。」
「それはそう。でも、そのためにあなた自身を犠牲にして欲しくないって、ドリスは思ってるの。」

俺もなんとなく察していた。けれども、認めたくなかった。考えないようにしていた。
薬を手に入れようと躍起になっているのは、ドリスの死から目をそらしたいからだ。彼女の言うことはいちいち図星だった。
深刻そうな顔で黙ってしまった俺を見て、チャチャピが肩をすくめて少し笑った。

「ごめんね。長居しちゃった。もしあなたが帰れないのだったら、私が薬を受け取りに行くから。それだけは安心して。」
「ありがとう、チャチャピ。」

どうしても結論が出せなかった。
辛い選択だと彼女にもわかっているはずだ。だから、彼女も折れてくれた。

チャチャピが帰ったあと、そっとドリスの寝室に行った。
彼女は安らかに眠っていて、俺が部屋に入ったことには気付いていないようだった。
思わず、眠っている彼女の手を両手で握っていた。温かい。
はじめて会ったときから比べると、ずいぶん痩せたような気がする。
それでも彼女は相変わらず少女のようで、彼女に優しく微笑んでもらうだけでも俺は幸せだった。
レオンとふたり、ドリスを守ろうと決めたことを思い出す。
ドリスに会えなくなるのはもちろん辛かったが、それでも彼女が死んでしまうよりはマシだと思った。



自分で予告したとおり、娼館に監禁されるようになるまでにそう時間はかからなかった。
拘束するためのものではないと言われた首輪には鎖をつけられ、その先端はベッドの柱に繋がれるようになった。

ベッド周辺を歩きまわる余地はあったので、客がいない間にときおり窓の外を眺めた。
ダラガブがひときわ赤く、大きくなっている気がする。
夜は空一面が赤く染まり、空の赤さが地上の建物にも映って、この世のものらしからぬ光景が広がっていた。
選ばれた冒険者たちがダラガブの落下を阻止するために各地で活動をしているとも聞いたが、俺にはまったく想像もつかない話だった。

チャチャピは約束通り、何度か薬を引き取りにきてくれたようだ。
直接彼女に会うことはできなかったが、ベルクに対して俺の拘束時間と薬の交換レートがどうとか、かなり厳しい口調で詰め寄ったらしい。
ベルクは独自ルートで薬を仕入れているらしかったが、それでも入手が厳しくなっていることを俺にこぼしてきた。知るものか。

客はひっきりなしに続いたが、さすがに休憩時間もなく働き続けることは体力的に無理だったので、ついに客を無視して眠りこけてやった。
ベルクがかんかんに怒ったが、チャチャピが薬を引き取りにきた直後のことだったから、俺も少し気が大きくなっていた。

ベルクは仲介業者であって俺の雇い主ではない。俺がベルクの商品なら、商品の体調を管理するのは仲介業者の仕事じゃないのか?
俺の反論で一度は引き下がったベルクだったが、しばらくするとすらりとした背格好の人物を伴って戻ってきた。
彼の耳になにか囁くと、ベルクは部屋を出て行った。よくよく見ると、その人物は俺をはじめに買った、あの「高貴なお方」だった。

「おまえ、客を無視して眠っていたそうだが、本当か。」

客の誰よりも立派な服装、尊大な口調から察するところによると、彼こそがここのオーナーのようだった。
なるほど、それで俺がベルクに「調達」されたわけか…。

「ひっきりなしじゃこっちの身がもたない。少しは休ませてくれ。」
「なるほど、それでは休憩する時間をやろう。」

どういう意味だ…?
歩み寄ってきた彼をよく見ると、腰には鞭を下げ、手には束ねた縄を持っていた。
あっと思ったときには彼に両手首を掴まれ、そのままベッドの柱に縛り付けられてしまった。
ブルにされた暴行を思い出して膝に震えがきたが、でかい口を叩いた手前、怯えるわけにもいかない。

背中にいきなり鞭の一閃を食らって、俺は悲鳴をあげた。
仕事中は面倒くさがって上着を脱ぎっぱなしなので、たいてい上半身は裸のままだ。だから、鞭ももろに食らうことになる。
覚悟はしていたものの、初めて食らう鞭の痛みは強烈だった。

ぎゅっと目を閉じていたが、鞭が飛んでくるたびに視界がぱっと赤く染まる。
精一杯身体を縮めたつもりだったが、容赦なく背中を、脇腹を、鞭で打たれた。
皮膚が破れ、血が流れるぬるりとした感触がした。
痛みに喘いでいたら、今度はズボンを引き下ろされ、腰を掴まれて強引に突っ込まれた。
思わず絶叫した。叫ばないと痛みで気を失ってしまいそうだった。

痛みで薄れる意識の中、真っ赤な空、どこまでも荒涼とした岩だらけの大地が見えた。
点々とした汚れに見えたのは、黒い鎧の帝国軍か。
それは疫病のようにじわじわと広がって、大地を覆い尽くしていった。
帝国軍と対峙していたエオルゼア同盟軍の兵士たちが、それを迎え撃つようにしてぶつかり合っていく。

なぜこんな光景が見えるのか、俺にもさっぱりわからなかった。
暗い空を見上げると、そこには真っ赤に燃えるダラガブがあった。表面に幾何学的な模様が見える。
月だとばかり聞かされていたが、あれはどう見ても人工的なものだ。
突然、模様の隙間に強烈な閃光が走り、ダラガブから破片が落下した。
ダラガブが大きく膨らみ、破裂して、巨大な影が翼を広げた。現れたのは漆黒の竜だった。
それが咆哮をあげると、多数の光弾が大地を襲った。敵味方関係なく、多くの兵士たちが消し飛ぶのが見えた。
すると、今度は竜を押し包むような光の爆発が起きて…。



すさまじい轟音が聞こえた。
建物全体が地響きでグラグラ揺れる。



「なんだ!?」

オーナーが驚いて俺から身を離し、俺は夢うつつから現実に引き戻された。
一瞬どちらが現実かわからなかったが、身体の痛みを感じるこちらが現実のようだ。
それにしても、この轟音と地響きはいったいなんだろう。
窓の外が真っ赤に染まり、なにかが炎をあげながら幾筋も落ちていくのが見えた。

建物の内外から悲鳴があがり、人々が逃げ惑う足音、モノが割れる音が聞こえた。
オーナーが部屋を飛び出して行き、俺だけが取り残された。
なんとかして縄を解こうともがいてみたが、手首で固く結ばれていてびくともしない。
一刻もはやくドリスの元に駆けつけたいのに、なんだってこんなことになってるんだ。
必死になって助けを求める声をあげたら、ベルクがやってきた。まだ逃げずにいたらしい。
俺の有様を見て小さく舌打ちをしたが、てきぱきと縄を解いてくれた。
乱れた服を整え、脱ぎ捨ててあった上着を羽織ろうとして、背中の痛みに呻いた。
自分ではどうなっているのか見えないが、きっと酷いことになっているんだろう。床にもベッドにも、ズボンにも血のシミが点々とついている。

「待て。」

ベッドの下からベルクが箱を引っ張りだした。中に軟膏や包帯が入っている。
まったく予想外だったが、彼が背中の傷の手当てをしてくれた。
軟膏を塗って包帯を巻くだけの応急処置だったが、とりあえず上着は着られるようになった。

「深く切れたところはあとで縫ったほうがいいな。化膿止めの薬を飲んでおけ。」
「どうして…。」
「お前は俺の商品だ。勝手に傷つけるのは許さん。俺はオーナーに休憩をやってくれと言ったんだ。まさか鞭打ちにするとは思わなかった。」

そう言って、首輪の鍵も外してくれた。この騒ぎでは当分営業も中止だろう。
地響きと轟音は相変わらず続いていて、窓の外が真っ赤に燃え上がっている。この近くで火災が起きているのかもしれない。まるで、この世の終わりみたいな騒ぎだった。
窓の外をのぞいたら、幸いにも家の方角はまだ暗く、火の手があがっている様子はなかった。急いで戻ってドリスを避難させないと…!
苦痛を押し殺して部屋を飛び出そうとする俺に、ベルクが動揺を隠し切れない口調で言った。

「カルテノーにダラガブが落ちた。」と。

⇒第十一話「第七霊災」



Life is Strange:女子高生生活をキャッキャして送っているかと思ったら親友を救うために街を壊滅させた話

LifeをStrangeすると涙腺が崩壊すると聞いてSteamでポチッてしまいました。
PS4版も絶賛発売中であります。

ライフ イズ ストレンジ
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Steam(PC)版はこちら
プロローグ(1章)だけだと498円なので、まずこちらを購入してから、2~5章(Life is Strange Seadon Pass 1,680円)を追加で購入することもできます。
基本パックは英語版ですが、日本語キットを無料でダウンロードでき、全編吹き替えで楽しめます。



"Life is Strange"はプレイヤーの選択によって物語の内容が変化するAVGです。

主人公はオレゴン州の田舎町にある高校で写真を学ぶマックス(マクシーン)。
突然、時間を巻き戻す力を手に入れた彼女は、5年ぶりに再会した親友のクロエとともに、女子生徒のレイチェル・アンバーの失踪事件を調べ始めます。



いったいなんちゅうTシャツを着ているんだ

舞台がアメリカだもんで、高校生活といっても日本のそれとはずいぶん違います。
アメドラ好きならするっと入り込めるかもしれません。

物語は常にマックスの視点で進んでいきますが(スローペースなのでここをだるいと感じる人はいるかも)、「時間を巻き戻す」という掟破りの介入方法があるせいで、「先の選択を無かったことにする」「別の展開を試してみる」「ありえない方法でキーアイテムをゲット」することなどができます。

1~4章までは親友クロエを絡めての少し甘酸っぱいわくわく高校ライフを送るだけなんですが、5章でガラリとミステリー色が濃くなる。
正直この頃になるとレイチェル失踪事件の真相とかはわりとどうでも良くなっており、クロエを死の運命からどうやって救うか、街の破滅をどう回避するかに腐心することになるのですが…詳しくは是非やってみて欲しいと思います。



全編を通じてマックスとクロエの友情がたいへんこそばゆく、ふたりで深夜のプールに忍び込んで遊ぶシーンなど心に残るところもありまして、ふたりへの感情移入が半端ない。
だからこそ、クロエの幸せのために彼女の過去を改変したら、その結果として当のクロエから辛い選択を迫られたのには本当にまいった。
「正しい選択」ってなんなんだろうと本気で悩んでしまいました。

ここでちょっと自分自身の体験がフラッシュバックして、実はかなりキツかったです。
自分は10年ほど前に友人を事故で亡くしているんですが、そのきっかけとなったとある選択を変更できたら、彼は死なずに済んだかもしれない、なんて思いました。
結果さえわかっていれば、あのときあんな選択をしなかったのに。

ただ、「死」が運命として訪れるものであれば、どう過去を変えてもそれはつきまとうんですよね。
冒頭、クロエを死の運命から救ったものの、その後もクロエは何度も死の危険に直面します。
それに抗い続けて、マックスは結局、街を滅ぼしてしまいました。

人ひとりを救う代償が街の人すべての命だったと思うと、選択の重さを感じずにいられませんが、それでも親友を見捨てることはできなかった。
エンディングはおおまかに2択だけみたいですが、プレイヤー全体の選択率でみてもここはきっかり二分してるんですね。
この選択肢に正解はありません。けれども自分を含めて半数は街よりも親友の命を選んでるんだよなぁ。

ストーリーは王道のタイムパラドックスもので、別段目新しさはなかったんですが、全体的な作りこみが丁寧で圧巻でした。
物語が変化するたびに自分の日記やSMSでのやりとりもしっかり変わってます。ここは気づきにくいポイント。
ポリゴンが荒いのと、キャラクターがやや無表情なのが気になるところですが、だんだん気にならなくなってくるレベルなので大丈夫です。

心に残る良作だったので、なんかちょっと気になるな~という人は是非プレイしてみてください。
音楽も良いので没入できること間違いなしです。



覚えておくと便利な包帯巻きの裏ワザ

汚しだけでは飽きたらず、Photoshopで包帯を描くという荒業を思いついたので、そのときの手法をまとめておきます。

1. 前準備

包帯を巻くキャラを撮影しよう。
今回はGame of thronesの拷問シーンに着想を得て(ろくでもない)、縛られている感じにしようと思いましたが、あいにくそんなモーションなどなかった。

ではどうするかというと、モーション+表情でそれっぽいものを撮影すればいいのです。
今回は「賞賛+泣き顔」でgposeしているところを複数枚撮影し、身体に顔を合成するという荒業で素材を作りました。
縛られモーションの実装が待たれるところです。



2. 素材を綺麗にする

ただ撮影しただけですと、テクスチャが荒かったり、ジャギーが見えたり、ポリゴンが重なっていたりするので、そのへんをスタンプツールや指先ツールで地道に消していきます。
毎度申しておりますが、この工程は禿げ上がるほど真剣にやりましょう。



今回については腕が太めなのをゆがみフィルターで細くしたりもしています。
脱ぐと凄いんです…(筋肉が)!

3. 包帯で目隠ししたいからヅラも作る

髪の毛だけ切り抜いたレイヤーも作っておきます。
目隠し用包帯を作ったらこいつをかぶせると自然な感じになる(はず)。



4. 背景を合成してキャラの色調整をする

別撮りしてきた背景を後ろに配置してキャラクター本体の色調整をします。
背景とキャラを別撮りするときに注意するのは光源の方向のみで大丈夫です。
ついでにハイライトとシャドウもぱっぱと塗ってしまおう。
この段階で加工SSとしては十分な感じになりますが、包帯を描くのはこれからじゃぞ…!



5. 包帯ラフを描く

どのへんに包帯を巻くかを決め、ささっと手書きしておきます。
あとで作る包帯レイヤーをこいつにあわせて配置していくわけです。これは面倒くさい予感がするぞ!?



6. 基本の包帯を作る


適当な幅と長さの選択範囲を作成し、グレーで塗り潰したあと、フィルターの「粗いパステル画」でガーゼ模様を作ります。ここんとこはガーゼのテクスチャを使っても良いかもしれません。
作成した包帯には「レイヤー効果>ドロップシャドウ」で、光源方向からの影を落としておきましょう。



7. いよいよ巻いていく


さきほど作成した包帯レイヤーをコピーして、「編集>変形>ワープ」で包帯ラフにあわせて形を変えていきます。はみ出した分はあとでカットするので気にせずに。
この工程を巻いてる分だけ繰り返していくと思いねぇ…。



8. 巻き終わったら余分な部分を削除

重ねた包帯レイヤーを1枚に合成します。
人物レイヤーを選択範囲とし、さらに包帯の厚みを考慮して「選択範囲を拡張」します。身体からはみ出した部分を消したいので、「選択範囲を反転」してから削除。

9. 不自然な感じをゆがみツールで調整

ワープだけだと思った形にならなかったりするので、「ゆがみ」フィルターで包帯を微調整しましょう。
調整が終わったらカラーバランスでキャラと色合わせすることも忘れずに。
今回は背景が光源になるので、赤と黄色を強くしています。

10. 陰影をつけて、やっと包帯が完成

このままだと包帯部分だけ陰影がないので不自然極まりない。
そこで「焼き込みツール」で影になる部分を濃くしていきます。
露光量20%くらいにして徐々に濃くしていくのがコツ。



11. さらに汚す

汚し加工の手順についてはこちらで解説しています。
汚れと血糊をバシバシ描き込んだらハイ痛そうな感じになりましたー!
しかしどこらへんにニーズがあるんだこれは。





などと言い訳しているが、Game of thronesで残酷慣れしちゃったんで、ちょっとダークファンタジーテイストの加工をしてみたかっただけです。
本当に申し訳ございません。



第九話「命の期限」

日増しにダラガブが赤く、大きくなり、それにつれて情勢も不穏なものになりつつあった。
ウルダハ周辺で魔物の数が増えているという報告は日々もたらされていたが、グリダニアではついに蛮神が顕現し、選ばれた冒険者たちがその討伐に向かったという噂も聞いた。

壁の外では謎の疫病が蔓延し、町では犯罪が増え、人々は絶望を抱えて暮らしていた。
今にダラガブが墜落してくると唱える者もいたが、だからといって逃げるところもない。
俺たちのような一般市民は日々生きていくことで精一杯だった。



ここのところ物騒だからと、荷運び場は日雇いを止めていた。
預かった荷物はパールレーンの一角で保管しているだけなので、盗もうと思えばいくらでも盗める。
信用のおける者だけを雇い、交代で荷物の見張りをしながら、昼夜を問わず営業することにした。

これにはメリットとデメリットがある。
メリットは、時間を問わずいつでも荷物を引き受けることができるようになったこと。
デメリットは、誰かしら荷運び場に張り付いている必要があるので、今までより少ない人数で仕事をまわさねばならなくなったこと。

親方は細かいことがとにかく嫌いなたちなので、雑務は俺とママルカに任せきりにしていた。日中は酒を飲んでブラブラしながら得意先をまわったり、大口の発注を引き受けてくるのが常だったのだが、最近は穴埋めのために現場に張り付いていることがほとんどだ。現場にいると酒も満足に飲めないと、いつも愚痴をこぼしている。
今日はママルカが遅番、俺が早番だった。帳簿をママルカに託して引き上げようとしていたら、親方に声をかけられた。

「ムサシ、早番なのにすまないが、ちょいと急ぎの用事ができちまったんで、これを届けに行ってくれないか。」

取扱い商品を記載した目録だ。これを定期的に役所に届けないと、ウルダハでは営業許可が下りない。

「役所に持っていくやつですね?」
「そうだ。それから、マーケットに寄ってこいつを薬問屋に渡してくれ。中身は壊れ物みたいだから気をつけてな。」

小さな箱も受け取った。薬問屋ということは、中に瓶でも入っているのだろうか。
親方とママルカに別れを告げると、俺は荷運び場を後にした。



マーケットの薬問屋はドリスの薬を入手するためにいつも利用しているところだ。
預かった小箱を店主に渡しがてら、いつもの薬の在庫はあるかと聞いたところ、すまなそうな顔をしながら五倍の料金を提示してきた。

「実は商隊が魔物に襲われて、かなりの積み荷がダメになっちまったんだよ。今日受け取った荷物もこちらが発注していたものだが、予定よりも全然足りねぇ。お前さんが困っているのは重々承知なんだが、どうかわかってくれ。」

ドリスの薬は発作が起こったときに飲めばいいといった類のものではない。
発作そのものを抑制するために、日々飲み続けなくてはならないものだ。
発作は運動や心因的ショックで誘発されるが、それとは関係なく、夜間と明け方に起こることもある。
すぐに収まれば良いが、そうでない場合は心臓に血液が送られなくなり、短時間で死に至ることもあると医者から聞かされた。
ドリスの命は薬によってかろうじて繋ぎ止められていると言ってもいい。

「その代わりといっちゃなんだが、いまある在庫は取り置きしておくよ。金ができたらまた来てくれ。」
「わかった。ありがとう。」

…とはいったものの、金を用意できるアテなどなかった。
怪我のせいで、たっぷり五日分の稼ぎを失ってしまったし、その間の薬代を親方に建て替えてもらったままだ。
親方のことだから無理やり取り立ててくることもないだろうが、このまま好意に甘えていることもできない…。

狩りの獲物を売ってみようかとか、薬が入荷しないのなら自分で買いに行ったらどうだろう? とか、いろいろ考えてもみたが、どれもこれも現実味に欠けるような気がした。
どう金の工面をつけようかと思案しながら歩いていると、不意に後ろから肩を叩かれて、俺は文字通り飛び上がった。
振り返ると、赤毛の娼婦がにっこりと微笑んで立っていた。リジーだ。今日も化粧が濃い。

「わっ…なんだリジーか。驚いた。」
「なんだリジーか、じゃないでしょ! そういえば、怪我治ったのね? おめでとう。」

リジーは真っ先に俺の窮地に気がつき、ママルカに知らせてくれた命の恩人だ。
彼女が気付いてくれなかったら、俺はブルになぶり殺しにされていたかもしれない。

「その…あのときは本当にどうもありがとう。なんてお礼を言ったらいいか…。」
「またヤギ乳を奢ってくれればいいわよ。それよりさ。」

いきなり顔を寄せてきて声を潜める。

「あんた、ブルに無理やりされちゃったんじゃないの?」

一番思い出したくないことをズバリ聞かれてしまった。凹む…。
親方もママルカもなんとなく察してはいるが、俺のことを思いやって決して口にはしない。
目覚めたときには、身体は綺麗に拭われていて、ただじくじくと疼く痛みだけが残っていただけだ。
その、ナニをアレされたような記憶もうっすら残っているが、今となってはケシの汁が見せた幻覚だったような気さえする。

でもなぁ。ママルカに聞くと必ず言葉を濁すし、「世の中経験だよな…。」とか遠い目で意味深なことをいうし、やっぱりそうなのかなぁ…。
激しく落ち込んだ俺の顔を見て、彼女は深い溜息をついた。

「だからあれほど気をつけなさいって言ったのに。あの野郎、ずっとあんたのことを物欲しそうに見てたんだから。私にはわかるのよ、そういうの。職業柄かしらね。」

ふたりきりになるなって、そういう意味だったんですか…。
でも、猛牛みたいなやつとはいえ、いきなり同僚が襲い掛かってくるなんて、普通思わないよね。
ああ、つまり、これが油断していたということか…。身をもって学んでしまった。

ちなみに、ブルは前科があるために荷運び場をクビになった。
簡単に返しきれる額ではなかったので、それをチャラにしてやるという話をして納得させたらしい。
風の噂によると、志願して戦地へ行ったとか、なんとか。

ふと気付いたのだが、こうして並ぶと俺とリジーは身長がほぼ一緒だった。
ミコッテはヒューランと比べると小柄だが、俺はミコッテの中でもさらに小さいほうだ(と、思う)。
だから、ヒューランと並ぶとたいがい相手の頭が上にくるし、ハイランダーが相手だとのけぞるように見上げないとならない。ううむ、ブルから見ると俺と女の子は大差ないんだな…。
いろいろと考えこんでしまった。すると突然、リジーが両手でぎゅっと俺の手を掴んできた。

「油断した自分が悪いなんて思ってるみたいだけど、それは間違いよ。悪いのはあいつ。あなたに落ち度はないんだからね。」

真剣な目でそう言われた。どことなくリジーもつらそうな顔をしていた。
もしかすると、彼女自身、俺と同じような経験があるのかもしれない。

「リジー、その…仕事はつらくない?」

深く詮索するつもりはなかったが、リジーがなぜ娼婦という仕事を選んだのか、少し聞いてみたくなった。

「嫌いな奴とも寝なくちゃならない? そうねぇ。商売だって割り切っちゃえば耐えられるわ。自分で選択したことだしね。こんな時勢だから泥棒に身を落とすやつも多いけれども、アタシは人のものを奪わずに自分の身体で堂々と稼いでるんだから、そいつらよりも間違いなく格上でしょう?」

なるほど、そういう考え方もあるのか…。
それから、いったいどこまで本気なのか、商売を考えてるなら金持ちの多いところに行けとか、料金は必ず前払いで半分受け取れとか、相手の身なりをちゃんと確認しろとかいうありがたいアドバイスまでいただいてしまった。えっ? なんか俺も参入することになってる?
リジーと手を振って別れると、俺は政庁層へと急いだ。



政庁層の中でも、役所は随分と辺鄙なところにある。
目録はいつも親方が届けていたから、俺は役所の位置をよく知らなかった。
エーテライトを複数経由してなんとか役所にたどり着き、目録を渡したところまでは良かったが、今度は帰り道が完全にわからなくなり、いつのまにか見知らぬ回廊へと出てしまった。

おそらくこのへんは王族関係者や、裕福な商人の家がある地区なのだろう。
建物は下層のほうよりも古い作りで、そして頑丈に見えた。扉の上に飾られている金属のプレートは紋章だろうか。
まだ夕刻なのだが、すでに人通りはなく、回廊のランプだけが赤々と燃えていた。
リジーの話していた金持ちの多いところって、たとえばこのへんだろうか…。
そんなことを思ったが、そもそも人影すらなかったし、自分が売り物になるということがどうも疑わしかった。

酒場の近くで客をとっている男娼を見たことがある。
金髪の巻き毛で綺麗な顔をした色白のヒューランの少年で、相手は髭を蓄えた中年男性だった。
それにひきかえ、俺はどちらかというと日に焼けて黒いし、髪だってどうにも冴えない色だ。
おまけにヒューランにはない耳と尻尾もある。ミコッテの男だから顔には特徴的な模様も。

この模様、なぜ男だけにあるのかというのをおばあから聞いたことがある。
ミコッテ族の男は、妻を娶って群れを作るか、もしくは一生放浪するかのどちらかなのだが、実は妻を娶らずに群れを持つ者もいる。
どうするのかというと、すでにある群れに乗り込んでいき、男だけを皆殺しにするのだ。
顔に模様があるのは、標的となる男がわかりやすいようにというメネフィナの配慮らしい。
つまり殺すならこいつですよ! っていうマークだ。メネフィナ様も粋な計らいをするもんだな。

…なんて、考え事しながらぼやっと歩いていた俺が悪かったのです。
気付いたときには遅かった。知らない相手の胸に真正面から思いきりぶつかってしまった。
慌てて後ろに飛びのき、相手の顔を見上げる。冷たい光をたたえたグレーの双眸が俺を見下ろしていた。
天鵞絨の赤暗色のローブをまとい、フードを深く被った背の高い人物だった。

「あの、俺、よそ見してて…本当にごめんなさい。お怪我はないですか?」
「いくらだ。」

はい?

「いま…何て?」
「おまえを自由にするにはいくら必要かと聞いている。」

え? 俺、なにか売ってたっけ?
え? もしかして俺のこと? ええ?

あまりにいきなりだったので、馬鹿みたいな顔をしてしまった。
文化圏だと男が男を買うこともあるらしい、という話を思い出したが、ミコッテの俺を買おうなんて酔狂なやつがいるわけないと、自分で思ったばかりじゃないか。
まじまじと相手の顔を見る。が、フードの影になって顔はよくわからなかった。
ただ、マントの中にチラリと金の刺繍の縁取りが見えた。おお…なんと高そうな服。さては金持ちに違いない。
金持ちと呼ぶのはあまりにも下世話なので、便宜上、「高貴なお方」と呼ぶことにする。

「俺を買いたいと?」
「そうだ。いくらだ。」

メネフィナよ…殺したい印が顔についた俺のことを買いたいという人が現れました。
もしかして殺したいのか? いや違うか。相手はヒューランのようだし。

なんて返事すればいいかわからず、ふとドリスの薬の値段を口走ってしまった。俺の給金の何日分にも当たる金額だ。
相場なんて知らないし、ぶっちゃけ「今これだけ欲しい」と思ったから、そう言っただけだ。
だから、相手がまさか、

「よかろう。ついてこい。」

なんてあっさり言うとは思わなかった。俺は激しく狼狽えてしまった。えええ!?
そういうわけで、俺と高貴なお方との売買契約は唐突に結ばれてしまったのだった。



さっきから阿呆みたいに口をあんぐり開けてばかりのような気がする。

高貴な方の後を追いかけて、やたら狭苦しい通りをどんどん奥のほうに入っていき、小さな扉をくぐり抜けた。
中は暗くて長い廊下になっていて、これまたずいぶんと歩いた。
途中の分かれ道に扉があり、俺はその中に放り込まれた。

見上げるとその部屋は天井まで石造りになっていて、むっとした蒸気が立ち込めていた。馬鹿みたいに広い風呂だった。
手前に衝立て、その向こうには温かいお湯をたたえた広い浴槽が見え、あろうことか延々とお湯が注ぎ込まれている。
公衆浴場ならウルダハにもあるし、一度だけレオンに連れられて行ったことがあるから、そこが風呂であるということはすぐにわかった。
しかし、これだけ広い風呂を個人が所有しているというのは想像もつかなかった。
庶民にとってはお湯は贅沢品で、全身で浸かるようなものではなかったから。公衆浴場だって申し訳程度にお湯で身体を洗える程度だった。

高貴なお方は俺を残してさっさとどこかへ行ってしまったが、衝立の前で召使いが待っていて、タオルと石鹸を渡された。
そうか、俺は売り物でした。これで頭からつま先まで綺麗に洗えってことか。

汚れた服を脱ぎ捨てて、泡立てた石鹸で体中ごしごしとこすった。
お湯を使うのは贅沢もいいところだから、いつもは水で濡らしてしぼった布で身体を拭くのが精一杯だ。
だから、泡を洗い流して浴槽につかったときは、あまりの気持ち良さに声が漏れそうになってしまった。
しかも、手足をめいっぱい伸ばしてもまだ余裕があるとか、夢じゃなかろうか。
ああー、俺、もうここから出たくないです…。

風呂を堪能していたら何をしにきたのか忘れそうになってしまったが、さすがに召使いに急かされてしまった。
タオルで身体と頭を拭いて、さて服を…と思ったら、俺の小汚いチュニックとズボンが見当たらない。
かわりにツルツルした手触りのシャツが一枚だけ置いてあった。

そう、一枚だけ。

とりあえずシャツだけ着てみた。長さは膝近くまであるのだが、なにせ下はなにも履いていないから、スースーとして居心地が悪い。
それから召使いに案内されて、ひどく居心地の悪い状態のまま、豪華な寝室に通された。これまたびっくりするほど広い部屋に、屋根つきの大きいベッドが置いてある。
中は真っ暗かと思うほど灯りを落としてあり、それからなにか香を炊いているような匂いがした。
召使いは一礼すると、静かに部屋を出て行った。

なにせはじめてのことだから、どう振る舞ったらいいかわからない。
入り口あたりにぽつんと佇んでいたら、ベッドのそばの暗がりから「こっちへこい。」と声をかけられた。

高貴なお方が、ベッド脇の椅子に座って腕組みをして待っていた。
ちょっと想像してみて欲しい。下半身がスースーした状態で誰かに呼ばれるというのを。
最高にバツが悪い。かがんだりしなければ見えないだろうが、それでも猛烈に恥ずかしい。
もしかして、恥ずかしがっているところを観察して楽しむためにシャツだけ用意したんだろうか? ま…まさかね。

高貴な方は椅子に座っているが、背が高いのでちょうど俺の胸の位置に顔がくる。
それで先ほどは見えなかった顔がようやくはっきり見えたが、切れ長の瞳の涼し気な顔をした青年だった。なにか楽しげに微笑んでいらっしゃる。
まさかとは思ったが、俺が恥ずかしがっているのを見て楽しんでいるようだった。世の中にはいろんな趣味の人がいるなあ…。

ふと目があったので、ドキッとして思わず目をそらしてしまった。
しまった。これでは、「俺、初めてなんですッ!」って高らかに宣言してるようなもんですって。

「はじめてだな?」

バレた。バレないわけがない。

「あ、あの、俺…。」
「静かにしろ。」

ぴしゃりと命じられてしまった。

それから、高貴なお方自らの手で(おお!)、シャツのボタンがひとつひとつ外されていって、ベッドに押し倒された。
油のようなものをたっぷりと塗りたくられた。油なのはわかるが、なんだかいい匂いで、しかも手触りがさらりとしている。
実はブルにされたことを思い出して少し怖かったのだが、高貴なお方はこういった遊びは慣れているようで、いきなり痛い目に合わされることもなかった。
それどころか、ときおり背筋がゾクゾクして思わず声をあげそうにもなったが、静かにしろと命じられたからにはなにがなんでも声を出すもんかと意地になって耐えていた。

すると高貴なお方もだんだんと意地になって、しつこくなる。
俺、頑張って耐える。さらにしつこくなる。

おかしな攻防だったが、ちょっと油断したところで、つい「ああっ…!」という切ない声を漏らしてしまった。
高貴なお方はこれがいたくお気に召したようで、それからさらにしつこく攻められた。
なにをどうされたかはご想像にお任せするが、とにかく、お願いですからもう勘弁してくださいと懇願したくなる程度にはしつこくされたとだけは言っておこう。
で、そのあとはひたすらされるがまま、要求に応えるまま。

やることをやったあとはふたたび風呂に放り込まれ、ようやく元の服に着替えることができた。
ぼーっとしすぎて、うっかり金ももらわずに出てきてしまったが、召使いがあわてて追いかけてきて約束の代金を渡してくれた。
高貴なお方なのでタダでどうこうしようという気はないらしかった。

そういうわけで、俺は今、ドリスの薬を買えるだけの金を握って見知らぬ場所でぼうっとしている。
ちょっと上手くいきすぎじゃないか? と思ったが、背に腹は変えられないとはまさにこのことだ。
ほどなく帰り道が見つかったので、俺は帰路を急いだ。

翌朝急いでマーケットに足を運び、取置きしてもらった分の薬を購入したことは言うまでもない。
良かった。ドリスの命の期限がまた少し延びた…。

それにしても、まさかあんな方法であっさり金が工面できてしまうとは。
できればあまりやりたくはないが、俺にとって売れるものといったら、あれくらいしかない。

「おう、おはようムサシ。」
「おはよう。」

荷運び場についたら、遅番だったママルカに声をかけられた。
彼は夜通し起きていたはずだから、仕事を引き継いだら今日の仕事は終わりだ。

「ん? なんかお前…いい匂いがするな?」
「へっ?」

ママルカに言われて思い出した。
そうだ、たっぷりの石鹸で身体を洗ったんだった。
自分ではもうわからなくなっているが、たぶん、まだ石鹸の香りをさせているんだろう。

「ははあ…。ムサシくん、ついに君も大人になったか。そうかそうか…。」

ママルカがウンウンと頷いた。
ちょっと高い娼館だと石鹸をおいた風呂場があるそうだから、そっちの想像をしているようだ。
いや、やつは俺がドリスの薬を工面するために苦労しているのを知っているから、そもそも娼館などに行く余裕がないのは知っているはず。
だいたい、「お前は高く売れる」なんて言ったのはやつなんだから、気付いていたとしてもおかしくない。
しかし、なにをどう答えても藪蛇になりそうだったから、ここは笑って誤魔化しておこう…。

ママルカから帳簿を受け取り、配達途中の荷物の引き継ぎを受けた。
いつもと何も変わらない一日のはじまりだと、そのときは思った。
別れ際に、ママルカからこう言われるまでは。

「ムサシ、おれ、不滅隊に入ってモードゥナに行くよ。」

⇒第十話「世界の終焉」



第八話「血の復讐」

あの事件から五日目、俺の体力が戻ってきた頃合いを見計らって、親方が話してくれた。

「ブルは以前から戦地への物資をチョロまかしていたようだ。自分は興奮剤を常習し、お前の酒にはケシの汁を混ぜて飲ませたらしい。前後不覚になったのはケシのせいだろうな。」

やつは今もウルダハの地下牢に幽閉されている。
あいつのことを思い出すと、あのときの恐怖を思い出すと同時に、どうしようもない怒りと憎しみもわいてくる。けれども、地下牢にいるとなっては仕返しすらままならない。

「お前、ブルのことをどうやって殺してやろうかとか考えてるだろ。」

図星を指されて、さすがにギクリとした。

「先に釘を刺しておく。おまえがされたことを考えると、気持ちは痛いほどよくわかる。でもな、ウルダハは法治国家だ。私刑は禁止されている。」
「俺は…俺が油断したのが悪いってわかってます。だけど、あいつに仕返しができないなんて我慢できない!」

思わず声を荒げてしまったが、親方にぴしゃりと遮られた。

「ダメだ。やつを殺してしまったら、今度はおまえが犯罪者になってしまうんだ。幸いに、でもないが、お前は縛られて一方的にやられた。喧嘩両成敗という裁きにはならないだろう。それに俺は雇い主として損害を受けている。あいつは法の裁きの下で罪を償わせるべきだ。」

言い分はわかる。けれども、どうしても、納得できなかった。
親方は怒るなというが、それは無理というものだった。
膝の上で拳を握りしめた。怒りで手が震えていた。

「おっす! ドリスに食事と薬届けてきたぜ。」

いまだ家に帰れない俺にかわって、ママルカと親方がたびたびドリスの様子を見に行ってくれていた。
張り詰めていた空気が和らいだ。親方はママルカの肩を叩いて静かに部屋を出て行った。

「ん? どうした、深刻な顔して。」
「ママルカ、俺…悔しいんだ。なんであんなやつが生きてるんだ。なんで。」

激しい怒りで胸が苦しい。涙がこみ上げてくるのを感じた。
親方の言うとおり、ここは怒りをこらえるしかないというのはわかっている。
でも、怒りをぶつけたい相手はいま地下牢の中にいて、悔しくても手出しできない。手出ししてもいけない。それもわかってる。
わかっているからこそ、どうしようもなく悔しい。

「我慢するのは身体に良くないぞ?」
「親方は怒るなっていうけど、そんなの無理だ。ウルダハの法律なんか知るもんか! あんなやつぶっ殺してやる!」

一旦気持ちを吐き出したら止まらなくなってしまった。
それで、ブルが憎いということ、やつをどうしても殺したいということを話した。
ママルカは珍しく黙って聞いてくれていたが、ひとしきり吐き出してしまうと、俺の手を軽くポンポンと叩いた。
ベッド脇の椅子に腰掛ける。

「親方は怒るななんて言ってないだろ。怒りってのは健全な感情なんだぜ。一方的にやられて悔しくないわけがあるか。我慢なんかしなくてもいい。ただ、同じ方法で仕返しするのがダメだって話だ。」
「じゃあ、どう仕返ししたらいいんだ。」
「国がお前のかわりに罰を与えて仕返しをしてくれる。そうだな、傷害で禁錮一週間、窃盗でプラス一週間。悪質だった場合は片腕を切り落とされるな。あとは損害賠償。親方には物品の損害額を、お前には怪我させたことの詫び代を支払わないといけない。」

ママルカは国の法律にもくわしい。小難しいことを語っているときは歳相応に見える。

「あとは、まあ、これは当然だけども、あいつの悪行は仕事仲間に知れ渡ったし、やりすぎだってんで子分まで愛想をつかしちまった。まず間違いなく荷運び場はクビになるだろ。ウルダハを追い出されるかもしんねぇし、このご時世、住む場所もなしで生きていけるほど甘いわけがない。すべてあいつの自業自得さ。」
「ミコッテ族の集落だったらもっと話は単純なのに。誰かを傷つけたり殺したりしたら、血の復讐を誓われて、それで血族まで徹底的に殺されておしまいだ。」
「そうだなぁ…。」

首をかしげてしばらく考えこんでいたが、いきなりこんなことを話し始めた。

「おれ、荷運び場で仕事する前は呪術師ギルドで修行してたんだ。今回の件で、真面目に呪術師の修行をしてたら良かったって、すげぇ後悔してさ。」

呪術…そういえば呪術師ギルドがあったっけ。
それにしてもママルカが呪術師の修行をしていたとは、初耳だった。

「呪術師だったら憎いやつを呪えるだろ? そしたら、おれ、ブルに呪いをかけてやる。」

呪術師ギルドに関する恐ろしい噂は聞いたことがある。
夜な夜な黒装束が集まって怪しい儀式をしているなんてのは序の口で、呪術師ギルドを潰そうと企んだ役人が穴という穴から血を噴き出して苦しんで死んだとか、ギルドのシンボルをうっかり踏んだやつが足の先からグズグズと腐っていく奇病に罹ったとか、そういった類いの噂だ。

「呪いって、どんな…?」
「触れたものすべてをクソに変えちまう世にも恐ろしい呪いだ…!」

あまりにも真剣な顔だった。
虚をつかれて、俺は思わず毒気を抜かれてしまった。

「は?」
「あいつがさ、女を買うためにコツコツと給金を貯めるだろ。ようやく極上の美女と宿にしけこんで、さあ一発やったるでぇー! って気合い入れたところで…。」

ここでわざとらしく、いったん声を潜める。

「美女が……なっちまうんだよ、クソの塊に…!」

ひどい呪いもあったもんだ…。

「…その美女、なにも悪いことしてないよね? 美女が可哀想すぎない?」
「それがこの呪いの恐ろしいところだ。」

大真面目に頷いている。
本気でそう思っている様子なのがやつの恐ろしいところだった。

「いつか言わせてもらおうと思ってたんだけど、君の冗談は下品で最悪だ。」
「それ、おれにとっては最高の褒め言葉だって知ってるか?」

もうダメだ。降参だ。これ以上、怒りを維持できない…。

絶望の中に天空から光り輝くクソが降ってきて、深刻な気分をすべてふっ飛ばされた。
思わず吹き出してしまったら、もう止まらなかった。
笑うと傷に響いて痛かったが、それでも俺はママルカと一緒に笑った。笑いすぎて涙が出た。
不思議だ。大笑いして馬鹿馬鹿しい気持ちになると、どうして怒りや憎しみが溶けてしまうんだろう。

それでふと思いついた「同じ方法ではない仕返し」についてママルカに話した。
ママルカは話を聞くなり吹き出し、手を叩きながら爆笑した。
たぶん、この方法なら親方だって大目に見てくれるだろう。

ママルカが親友でいてくれて本当に良かった。
俺は心からそう思った。



やっと家に帰ることができた。ドリスの顔を見たらホッとして泣きそうになってしまった。
ドリスは俺が無事に帰ったことを喜んで、深く詮索しないでいてくれた。
彼女の目をみたら俺と親方の嘘がバレているのがわかったけれども、心臓の悪いドリスに、あえて真実を告げることもないだろう。

身体の傷がだいぶ癒えてきたので、翌日から荷運び場に戻った。
俺がブルに暴行されたという話は知れ渡っていたが、別にそれはどうということはなかった。
問題はブルのやつがのこのこと地下牢から戻ってきたときのことだ。

暴行と窃盗でたっぷり二週間は押し込まれているかと思ったが、ブルのくせに地下牢ではおとなしくしていたらしく、それぞれ初犯ということで一週間で戻ってきてしまった。

やつの顔を見た瞬間、全身の血が沸騰して、思わず殴りかかりそうになってしまったが、さすがにママルカに制止された。
正直言えばあいつの顔も見たくなかったが、親方いわく、いきなり追い出しても賠償金を支払うあてが無くなるからと、その分はタダ働きさせることにしたそうだ。
ただし、また問題を起こしたら即刻クビ。荷運び場の仕事をさぼっても即刻クビという厳しい条件を突きつけたという。

ブルはおとなしくそれを飲んだ。
やつを許す必要はないが、荷運び場にいることだけはどうか我慢してくれと、親方に頭を下げられてしまった。
親方にはずいぶん世話になってしまったし、仕方ない。
ここは例の仕返しだけで勘弁してやろう。

翌朝早朝、俺とママルカはウルダハの外で待ち合わせ、麻袋一杯にとあるものを集めた。
無駄な労働だとわかっていたが、せめてこれくらいしないと気が収まらない。

ブルは仕事中はチュニックを脱いで、決まった場所に放置しておく癖があった。
そこで、やつが荷運びに出掛けている最中、拾ってきたものをやつのチュニックにたんまり仕込んで、涼しい顔で仕事に戻った。

とっぷりと日が暮れ、そろそろ仕事も終わりだというときになって、「う、うわああああああー!」という世にも情けない声が荷運び場に響き渡った。
暗くて見えなかったのだろう。
そこにはヤギの糞を頭から被って呆然と立ち尽くすブルがいた。

俺とママルカ、大受け。
ひっくり返らん勢いでゲラゲラ笑っていたら、他のみんなも釣られて笑い出した。
どこからどう見ても犯人は俺たちです。ありがとうございました。

ヤギ糞を浴びて烈火のごとく怒ったブルがのしのしとこちらにやってきた。
本人はシリアスなのだが、頭にヤギ糞を乗せたままなのが悪い冗談のようだ。

「おい、てめえらだな! わかってるんだぞ!」
「本当は牛の糞にしたかったんだけど、あいにくとヤギ糞しか手に入れられなくてさあ。すまないな。」

泣き笑いしながらママルカが応戦。
怒り狂ったブルが片腕を振り上げ…たものの、さすがにここで暴力をふるって地下牢に逆戻りするのはイヤだったのか、黙って腕を下ろした。
ブルのくせに挑発に乗らないとは薄気味悪いが、よほど地下牢が最悪な場所なのだろう。

「おまえな、仕返しがヤギ糞で済んで感謝しろよ? ヤギ糞被って死ぬやつはいないだろ?」
「どういう意味だ。」
「ミコッテ族の血の復讐を知らないのか、幸せなやつめ。」

腕組みをしたママルカが鷹揚に語り始めた。

ミコッテ族は、不当に傷つけられたり、近親者が殺されたりした場合、「血の復讐」という誓いをたてる。
血の復讐が正当なものであるとメネフィナが認めた場合、それは復讐者に超常的な力を与え、敵の血族は根絶やしにされる。復讐者に直接殺されるのはもちろん、なんとか逃げおおせても恐ろしい不幸が次々と降りかかって、決して生き延びることはできないのだという。

「ミコッテ族は血の復讐のために、幼いころから暗殺術を仕込まれるんだ。このムサシだって、いったん血の復讐を誓ったら、おまえの血族を根絶やしにするんだぞ?」

暗殺術か。恐ろしいなあ…ミコッテはなんて恐ろしいんだ。
ちなみに俺もはじめて聞きました。

途中までは合っているが、半分以上はママルカのでたらめだ。
あまりに適当なことをペラペラしゃべるもんだから、おかしくて今にも吹き出してしまいそうだが、ここで笑ってしまってはママルカの作り話が無駄になってしまう。ほら見ろ、ブルは本気でびびっているようだぞ。

「ち…血の復讐だと…。」
「血の復讐には恐ろしい呪いもある。触れたものすべてクソになってしまうという呪いだ。」

そこに絡めてくるとは予想外すぎた。
ブルが真剣に怖がっているのが面白すぎて、さすがに我慢の限界だった。
俺はいきなりまわれ右をして荷運び場から走りだし、マーケットまで行ってから大爆笑した。
まわりの人にはぎょっとされてしまったが、そんなことをいちいち構っていられない。
くそっ…ママルカのやつ…! 笑うとまだ肋骨に響くんだっての!

きっとあいつのことだから、俺が急に走って行ったことにも適当な理由をつけて脅しの材料にしているだろう。
まんまと騙されて顔面を蒼白にしているブルの顔が目に浮かんだ。
しばらく時間をおいてから荷運び場に戻ると、得意満面なママルカが待っていた。

「おいおい、ブルが盛大にビビっちゃったぞ。おもしれぇ。やっぱあいつ馬鹿だな。」
「まさか、触れたものをすべてクソにするとかいう呪いのことも信じちゃったのか?」

ブルはすでにいなくなっていた。ヤギ糞を頭に乗せたまま帰ったのだろうか。
仕事帰りに娼婦の家にしけこむのが唯一の楽しみのようだったが、さすがにあれでは断られるだろう。

「ああ。あいつ、ご執心のミコッテ嬢がいるからな。あんまりしつこく迫ったら血の復讐の呪いで、いまにクソの飯を食う羽目になるぞって脅しといた。あー愉快。あースッキリした。 」

ママルカは晴れ晴れとした笑顔だが、相変わらず最低だ…。

「どうでもいいけど、ヤギ糞だらけじゃないか。これ、俺たちが掃除するんだよな?」
「あっ! 畜生、ブルのやつ…! 糞を掃除しないと呪いがかかるってことにしとけば良かった!」

仕方なくふたりで散らかったヤギ糞の掃除をしたが、その間、ママルカも俺もずっと笑いっぱなしだった。意外なことに、仕事の手が空いた連中も掃除を手伝ってくれた。
あまりにバカバカしいので、ブルを殺したいという気持ちは当然どこかへ消え失せていた。
帝国と三国もウンコを投げつけあって戦えばいいのにな…。

ママルカの大嘘のせいで、俺が暗殺術の使い手であるという妙な噂までたってしまったのだが、それはまた別の話だ。

⇒第九話「命の期限」



第七話「絶望と希望」

ドリスの薬は、ここのところますます値上がりしていた。

戦争のせいで物資が入りにくくなっているのが原因だそうだが、それにしても今までの三倍の値段をふっかけられたときには、本気で途方にくれてしまった。
たまたまママルカが通りかかって値引き交渉してくれたから良かったようなものの、そうでなければ薬を手に入れることができずに困り果てていたことだろう。

「値引き交渉にも限度があるんだよなぁ。そもそも仕入れ値があがってるから、売るほうもどうしようもないんだ。」
「そうなのか…。」

それにしても、いまいましいのはガレマール帝国だ。
アラミゴ陥落後も交易路がいくつか封鎖されたままだし、ウルダハも相変わらず流民問題を抱えている。
モードゥナのほうでは緊張状態が続いていて、帝国が本格的に侵攻してくるまえにエオルゼア三国で軍事同盟を結ぶべしといった声が高まりつつあった。

荷運び場に集まる荷物の量も目に見えて減っていた。
戦地へ運んでいく物資だけは増えているが、その物資を作ろうにも原料が輸入できない。そもそも、荷物全体の流通量が少なくなっている。
日雇いできる人数にも限界があり、朝から雇う雇わないで喧嘩になることもしょっちゅうだった。
誰もが仕事は欲しいから、みんなで融通するしかない。しかし、仕事を融通しあうとひとりあたりの給金も減り、給金が減るとドリスの薬も満足に買えない。

もちろんドリスもそれは承知しているから、こっそりと薬の量を減らすなどのやりくりを試したようだ。
結果、夜中にひどい発作を起こしてしまい、生死の境をさまよった。
朝方になってなんとか発作が落ち着いたものの、彼女が死んでしまったらどうしようと、俺は生きた心地もしなかった。
珍しく俺のほうがドリスを叱りつけ、彼女はしおらしくしゅんとしていた。こうなったらどちらが保護者なのかわからない。
次に発作を起こしたら命に関わると思い、親方に給金を前借りしてまで余分に薬を手に入れたんだった。

自分がどうなろうと構わない。
けれども、母を助けられなかったように、ドリスまで助けられなかったとしたら最悪だ。
そんなことになったら、一生自分を許せそうにない。

「まあ、そんな深刻そうな顔すんなって。こんなときこそ面白いことを考えようぜ。」
「そうだな。ママルカの顔とか面白いもんな。」
「馬鹿いえ、ウルダハの貴公子と呼ばれたこのママルカ様の顔が面白いわけがあるか。」

ママルカと軽口を叩きながら荷運び場にやってくると、親方がこちらに気づいて手を振った。

「おい、ママルカ。いま家から知らせがあったぞ。奥さんが倒れたらしい。」
「えっ?」
「えええっ!?」

ママルカの「えっ?」は奥さんが倒れたという知らせの驚き。
俺の「えええっ!?」はママルカが既婚者だったということの驚きだ。

「チャチャピが倒れた? あいつが? 腐った飯食っても下痢すらしない鋼鉄の女が?」
「ちょ、ちょっと待って? ママルカ、君、本当はいくつなんだ。」
三十七。」
三十七!?

まいった。てっきり同い年くらいだとばかり思っていた…。
俺より倍以上も上だったのか。この、どうしようもなく口が悪くて、ウンコの話が大好きなイタズラ者が。
とはいえ、ママルカは博識だし、考えようによっては歳相応の落ち着きもある(ような気がしないでもない)。
これからはママルカ様と呼べ! と言われたら素直に従うしかないだろうか。

「今日はそれほど荷も多くないから、ムサシひとりで大丈夫だろう。ほら、すぐ家に帰ってやんな。」
「ああ、すまない、親方。ムサシ、今日は悪いな。しかし、あいつがねぇ…?」

まだ怪訝そうな顔をして首を傾げているので、

「奥さん心配でしょう? 早く帰ってあげたほうがいい…んじゃないですか?」

急に言葉をあらためたのが面白かったのか、ママルカが笑いながら俺に肘鉄を食らわせてきた。

「なんだよ、クソ踏んで転んだような顔すんなよ! まあ、俺様の偉大さがわかってよかったよな。今度チャチャピを紹介すっから。じゃあな!」

前言撤回だ。
ママルカはママルカだった。歳なんて関係ない。

転がるようにして走り去るママルカを見送って、俺はいつもどおりの仕事についた。
仕事の割当はまだしも、苦情処理も全部俺ひとりでやるのか。あーあ…。



荷物の量が少ないとはいえ、ひとりでふたり分の仕事をまわすのは目がまわるような忙しさだった。
いつもならとっくに帳簿を締めているころなのに、いつまでも計算が合わない。
それというのも、朝からどうでもいい苦情を言いに来た客がいて、しかもそいつがしつこく食い下がってきて、無駄に時間をとられたせいだ。
荷運びに靴の流行がどうして関係あるんだ。くるぶしが怪我をするとか、それこそ本当に関係ない。これだから×××は×××なんだ(あまりに言葉が汚いので、ここでは伏せておく)。

ただ今日はちょっと金払いのいい客もいて、機嫌のいい親方がみなに酒を振る舞ってくれた。
だから給金が少なくても喧嘩を売ってくるやつはいなかったし、いつものようにブルに絡まれなくて済んだ。
しかし疲れた。はやく仕事を終わらせて家に帰ろう…。

「おい、ムサシ。」

暖をとるための火のまわりに座って酒を飲んでいる男たちから声がかかった。
俺のことを名前で呼ぶのはママルカか親方だけなのに、いったい誰だろう…?

驚くことなかれ、ブルだった。
酒がなみなみとつがれた真鍮のカップを手に、なんと俺のことを名前で呼んでいるじゃないか。
ううっ、しかも笑顔! 猛牛が満面の笑顔だもんだから、まるで悪鬼の微笑みのよう!

「な…なに?」
「オマエもこっち来いよ。一緒に飲もうぜ。」

なんてこった。ますます不気味だ。
あいつが俺のことを名前で呼び、愛想よく笑い、そのうえ手招きしている…!
今夜はダラガブが特に赤いから、その影響で変な酔い方でもしたんだろうか?

「ごめん、ちょっとまだ終わらないから…。」
「そんなもん後でやればいいだろ。まずは一杯付き合えよ。」

仕事なのに後でやれときたもんだ。
ブルの愛想笑いが薄気味悪くて、声が震えてしまったような気がする。どうしよう、喧嘩を売ってくるブルのほうがあしらうのが楽なんだけど。

「おおい、お前の分もちゃんとあるんだからな!」

ああー! しつこい!
ブルがあまりにもしつこく呼ぶので計算に集中できない。俺は観念して椅子から立ち上がった。

集まっている面子はブルといつもの取り巻きふたりだ。火を囲んで楽しげに酒を飲んでいる。
まだ本格的な冬ではないとはいえ、夜になると冷え込んでくるので、夕方には火を焚くようになっていた。
いつもは火にあたるとホッとするのだが、今日はなんというか、一刻もはやく離れたい。
ふと、リジーに言われた言葉を思い出したが、ブルとふたりきりになるわけじゃないし、大丈夫だよな…。

渋々とブルの横に座り、突き出されたカップを受け取って中身を一口。
ひどく苦い。焼けつくような液体が喉をすべり落ちていく。味なんてわからない。しかめっ面をしていたら、もっと飲めという風に促された。
ミコッテ族の集落でも酒は作っていたし、祝いごとがあるとみんなに振舞われたから、酒なら飲んだことくらいある。ただし、それは果物を発酵させて作ったにごり酒だったが、こちらは無色透明の酒だった。飲むと火のように喉が焼ける。酒場でママルカがよく頼んでいる水みたいなエールともまた違う。

相変わらず男たちはなにが面白いのかゲラゲラと笑いながら酒をあおっていて、なんで俺がその輪にくわわってぽつねんと座っているのかがよくわからなかったが、きっとカップを空にするまで解放してくれないだろうなと思い、思い切って一気に全部飲んでしまった。うええ。

ほどなくして、世界の異変に気がついた。
まず、地面が斜めに傾いている。それから、物の輪郭がぐんにゃりしていて曖昧だ。
男たちの笑い声が頭の奥にうるさいほどぐわんぐわん響く。
なんだか暑くて、息苦しくてたまらず、肩で息をして喘いだ。火のそばじゃなくて、どこか涼しいところで休みたい…と思って立ち上がったら、よろけて右のほうに数歩たたらを踏んだ。頭をしこたま壁にぶつけてしまったが、壁にすがることでなんとか倒れずに済んだ。
うう…なんだこれ。足がもつれて上手く歩けない…。

「おい、なんだよ。もう酔っ払ったのか?」

ああそうか、これは酔っ払ってるのか…。
後ろからブルが馴れ馴れしく腕をまわしてきて、あまりの汗臭さに尻尾の付け根の毛が逆立った。咄嗟に振り払いたいところだったが、腕をあげるのすらもどかしく、ブルに半ば運ばれるようにしてよろよろと歩いた。
あれ、どこに行こうとしてたんだっけ…。

なにかが変だ。
なにかがおかしい。

頭の片隅で警告を発している声がかすかに聞こえたが、酒がまわっていて思考がまとまらない。ブルに連れられて荷物置場に足を踏み入れたときに、ようやく違和感の正体に気づいた。

『あいつとふたりきりにならないように』

そうだ、ここは袋小路だった。入り口さえ封鎖してしまえば死角になる。こんなところでブルとふたりきりになってしまうなんて、迂闊すぎた。
あわててブルの腕を振りほどこうとしたが、酔っていて力が入らない。
抵抗も虚しく腕をひねりあげられ、背中で両手首をしばられてしまった。
なんで縄なんか持ってるんだと焦ったが、あらかじめ用意してあったということか。クソ。

「まんまと引っかかったな、チビ。」

振り返ると、悪鬼もかくやという邪悪な笑みを浮かべているブルと、その向こうでニヤニヤ笑っている二人組が見えた。



死角に俺を連れ込むや否や、激しい暴行がはじまった。

いきなり腹を殴られ、身体をふたつに折ったところに膝蹴りを入れられる。
飲んだ酒はぜんぶ吐いてしまった。それでもまだ頭の芯がしびれたままだ。もしかしたら薬かなにか盛られていたのかもしれない。
あまりの痛みに何度か気が遠くなって膝から崩れ落ちた。すると、そのたびにブルが俺の髪を乱暴に掴んで気絶させまいとする。

流れ落ちてきた血が目に入り、視界を曇らせた。
いつ怪我をしたんだろう? ああ、殴られたときに身体ごと吹っ飛んで、頭から木箱にぶち当たったんだっけ。
中に壊れものが入っていたようだった。大損害だ。あれって、俺のせいなのかな…。

もはや何処に傷があるのかわからないくらい、身体中がひどく痛み、きしんだ。
空気をもとめて喘ぐと肺が燃えるようだった。口の中は血の味しかしない。
ブルは俺を殴りながら何事かずっと喚いているのだが、耳鳴りがひどく、何を言っているのかわからなかった。
いや、仮にわかったとしても、興奮した猛牛を鎮める術がない。
まるで格闘場の木人にでもなった気分だ。

さんざん殴られ、蹴られ、気がつくといつのまにか地面に倒れていて、石畳に点々と血しぶきが飛んでいるのが見えた。
ブルがぐったりした俺の体を引き起こし、手首の縄を解こうとしていたので、ああ、やっと解放される、と思った。
たしかに縄は一旦解かれたが、違った。今度は頭上で両手首を縛られ、さらに結んだ縄の先を重い荷物に括りつけられてしまった。
やつは俺を解放するつもりなんて、これっぽっちもないみたいだった。

蹴られて、後ろに数歩よろめいて尻もちをつく。倒れたのがたまたま布の束を収めた荷物だったようで、痛い思いをせずに済んだ。
いや、身体中どこもかしこも痛いから、これくらいでホッとしている場合じゃない。

「もう…さんざん楽しんだじゃないか…。なにがそんなに…気に入らないんだよ…。」

興奮したブルに通じるのかどうか微妙だったが、力を振り絞ってなんとかやつにそう言った。
だから、返り血で汚れたブルがニヤリと笑って跪いてきたときには、ようやく話ができる、なんて期待をもった。

「いいや、お楽しみはまだこれからだ。」

乱暴にベルトが外されて、チュニックがまくりあげられた。汗ばんだ肌に夜気を感じる。
やつの手が服の中に滑り込んできて、全身が総毛立った。身体が小さくガタガタと震える。
脳裏にリジーの警告がふたたび過ぎった。

『あいつ』

弱々しく蹴りを入れるが、まったく動じない。
ズボンの腰ひもを解かれ、下着ごと引き下ろされた。足の間に割って入られる。

『ろくでもないことをたくらんでるみたいだから』

「いや…いやだ!」
「いいじゃねぇか、おまえが誘ったんだからよ。」

必死になってもがいた。けれども、腕は頭上で拘束されたまま、両足はブルに抱えられていてどうにもならない。
なんとかにじりあがろうとしていたら、いきなり、身体を真っ二つに引き裂かれるような、ひどい痛みが襲ってきた。

喉の奥から絶叫がほとばしる。
すると、大きな手が口を塞いできて、叫び声すらあげられなくされてしまった。

痛い。苦しい。いやだ。

あまりの苦しさに涙が溢れてきて、こめかみを伝った。
容赦なく突き上げてくるブルの血走った目が、天空で赤く燃えるダラガブと重なる。
それはどんどん大きくなってきて、俺を飲み込まんばかりだった。

突然、涸れ井戸につき落とされたときの光景が蘇った。
頭上にぽっかり空いた穴から覗き込んでいるのは、目を赤く光らせた妖魔たちだ。
上から幾本もの鋭く尖ったナイフが投げ入れられ、俺は容赦なく全身を切り刻まれた。

「ああ…あああ! あああああ!」

悲鳴が聞こえる。誰の声だろうと思ったら、叫んでいたのは自分自身だった。
ブルは俺を貪るのに夢中になっていて、すでに口を塞ぐことをやめていた。
涙でにじむ目に、冷たく光る白い月と、血のように真っ赤なダラガブがうつる。
もう、なにが夢で、なにが現実なのか、わからない。

大いなるメネフィナよ。お慈悲です。

どうか、

いますぐ。

俺を、死なせて、ください。

もはや叫ぶ力さえ残っていなかった。
がくりと頭が後ろにのけぞる。
それから、ようやく暗闇が迫ってきて、俺は喜んで意識を手放した。



気絶している間というのは、時間の感覚がない。
倒れたと思った次の瞬間には、自分が別の場所にいて、時間も経過しているという感じだ。
なにせ意識がないんだから、眠りとは根本的に異なる。

俺の場合、ブルにひどく傷めつけられて気絶したようなのだが、そのあとがちょっと違った。
ずっと目覚めず、ひたすら長い悪夢の中を彷徨っていた。
真っ赤に燃える大地を素足で歩かされたり、縄で吊るされて槍で突き刺されたりもした。
生け贄を捧げる祭壇の上に転がされていた。
悪鬼がゲタゲタと笑いながら、身体にナイフを突き立ててきた。

血の復讐を!

おぞましい声が唱和し、血の滴る心臓がダラガブに捧げられる。
死はいつも唐突に訪れて、容赦なく俺の命を奪った。

何度も何度も殺され、諦めかけていたころに、不思議な空間にたどり着いた。
そこは真っ暗闇で、俺の身体は虚空に浮いている。
遠くのほうで、青い、清浄な光が輝いていて、そちらの方向に漂っていくと…。

ぼんやりと光が戻ってきた。
それと一緒に、体中のひどい痛みも。

俺は見知らぬベッドに寝かされていて、ママルカが呆然と俺の顔を覗き込んでいた。
長い夢から醒めたばかりで、夢と現実の区別がつかない。
真っ先に思ったのは、あんなに何度も殺されたのに、俺って案外頑丈だな、ということ。

「ママ…ルカ…?」

かすれ声をなんとか絞り出すと、ママルカがいきなり俺を怒鳴った。

「ママルカ様って呼べ! 馬鹿!」
「馬鹿って…なんだよ…。」
「おまえは馬鹿だ! 大馬鹿のウスノロだ!」

あろうことか泣き出し、そのまま臆面もなくわあわあと泣く。
ママルカにわけもわからぬまま罵られているうち、だんだんと忌まわしい記憶が蘇ってきた。
そうだ、俺、ブルに騙されて、殺されかけて、それで…。

「おまえな! おまえ、三日も眠り続けてたんだぞ! 馬鹿!」

ひとしきり泣いてから、ママルカは経緯を語りだした。
ぎっくり腰で身動きがとれなくなっていたチャチャピの世話を焼いていたら、突然、血相をかえたリジーが家に飛び込んできた。
彼女いわく、たまたま荷運び場を通りかかったら、ブルが俺を抱えるようにして袋小路に入っていくのが見えた。しかもなんだか足がもつれていて、どうも尋常ではない。
止めに入ろうとしたが、ブルの仲間ふたりに遮られてしまった。ムサシが危ない、と、リジーは言った。
鼻をすすり上げながら、ママルカは続けた。

「おれひとり行ったところで、子分に足止め食らうもんな。だからおれ、すぐに親方を呼びに行ったんだ。けれども、荷物置場に着いたときには、もう、ひどい有様で…。」

ふたりが現場に到着したとき、俺は血を流して地面に横たわり、完全に意識を失っていた。
そばにはブルが放心した状態でぼんやりと突っ立っていて、やつは親方の呼んだ役人に連行されていった。

「おれ、てっきりお前がブルに殺されたんだと思ったんだ。脈はあったからホッとしたんだけど、揺すってもまったく目を覚まさなくて。頭を打ってるかもしれないから、親方はあんまり揺すったらダメだって言うし…。」

結局、親方が俺を抱き上げて彼の家まで運んでくれたらしい。
手分けしてママルカが医者を呼びに走り、それで体中の傷の手当てをされた。
頭に切り傷があり、脳震盪を起こしていた。肋骨も数本折れていた。縛られていた両腕には擦り傷ができていて、下半身には裂傷を負っていた。
手当を見ていた親方とママルカは、俺がブルにされたことを察したことだろう。

「命に関わるような怪我はなかったんだ。でも、なんでかお前、ずっと眠ったままで…。医者も目覚めない理由がわからないっていうし…でもこのままだと衰弱死してしまうって脅されて。だから、おれ…。」

扉が開く音がした。見ると親方が部屋の入口に立っていた。ママルカの声を聞きつけたのだろう。
険しい顔をしていたのが、俺を見てみるみる表情が緩んでゆく。

「ムサシ! やっと目を覚ましたか…!」
「親方…。」
「良かった、もう大丈夫だな! どれ、ちょっと身体を起こしてみるか。」

親方とママルカに助けられて、少しだけ身体を起こした。まだ頭がクラクラしたが、大丈夫みたいだ。
ママルカがベッド脇のテーブルの水差しからコップに水を注いで手渡してくれる。
水の匂い。なんだか久しぶりだ。口に含んだらビックリするほど水が甘く感じた。

「三日も眠ったきりだったろう? 熱もあったし、脱水症状が心配だって、ママルカがずっと水を飲ませてたんだぞ?」
「えっへん、口移しでな!」

とんでもないことを聞いて、俺は危うく口の中の水を噴き出しそうになった。
なんとかこらえたがむせてしまい、咳をするたびに全身が激しく傷んだ。
く…くそっ…! 絶対狙って言ったな…!

「意識がなかったら水も飲ませらんないんだけどな。眠ってるんならいけるだろうと思ったんだ。案の定、寝ながらしっかり飲んでたから、よしこれはいけると思って、おれはおもむろに食べ物を噛み砕き」
「いや、それはさすがに勘弁してくれ…。」
「与えようと思ったが、お前が寝てても拒絶した。無念だった。」

良かった。えらいぞ俺。

「ムサシ。ドリスにはお前を俺の使いで遠くに行かせたと話しておいた。まさか同僚に半殺しにされたなんて言えないからな。」

ドキリとした。

親方に言われて、急に思い当たったからだ。
俺がどうしても目覚めなかった理由。

苦しみのあまり、俺はメネフィナに死を願ってしまった。

ドリス。ドリスが俺を待っているのに、死にたいなんて一瞬でも思ってしまった。
命を賭けて守ってくれた母、俺を助けてくれたレオン。ママルカ、それに親方のことも、裏切ってしまうところだった。
生きて欲しいと思っている人がいる限り、絶望に飲み込まれてはいけなかった。
俺が死んでしまったら意味がないんだ。俺はママルカが言うとおりの大馬鹿だ…。

不意に涙がこぼれた。
あわてて袖でぬぐったが、あとからあとから涙が出てきて、止まらない。

「ん? まだ傷が痛むか? それとも腹減って泣いちゃったか?」
「ママルカ、ちょっと独りにしてやろう。ムサシも心の整理が必要だろう。」
「あ、ああ。そうだな。あっちにいるから、なんかあったら呼んでくれよ。」

俺が黙って頷くと、ふたりは連れ立って部屋を出て行った。
ふたたびベッドに横になり、苦労して顔まで毛布を引っ張りあげる。
哀しいのか悔しいのか、それとも安堵したのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、どうしても涙が止まらず、毛布をかぶったまま声を殺して泣き続けた。
いつか母が黙って見守ってくれたように、どこかから優しい存在が俺を見守ってくれているような気がした。

⇒第八話「血の復讐」





第六話「はじめての親友」

ハイランダーらしく屈強な体格のレオンだったが、肺を犯す病魔の進行は止められなかった。

ウルダハは夏の酷暑が知られているが、冬にも厳しい寒さに見舞われることがある。
レオンは特に寒さの厳しい冬に体調を崩し、そのままどんどん弱っていって、粉雪がちらつく朝、静かに息を引き取った。

人づてに聞いたのか、 レオンが亡くなってすぐ、友人と名乗る男が現れた。レオンは自分の死を予感していたのか、俺たちの今後の生活について親友に相談していたようだ。
たくましい体つきの浅黒い肌のハイランダーで、レオンとどことなく似た雰囲気がある。やはりアラミゴ出身で、フリートヴァルトと名乗った。のちに俺が親方と呼ぶようになる人物だ。
ドリスはもともと彼と馴染みだったらしく、ふたりはしばらく抱き合ってレオンの死を悼んだ。

俺とドリスだけでは困り果てていただろうが、彼の手配で簡単な葬儀を行うことができた。養父の亡骸はウルダハを見下ろす丘のうえの墓地に葬られた。
墓の前でドリスはずっと涙をこぼしていたが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、肩を支えている俺にポツリと言った。

「レオンとのお別れは覚悟していたわ。それに、私にはあなたもいるから大丈夫。」

俺は黙って頷き、ドリスの手をぎゅっと握った。

「ミコッテの子を引き取るって聞いたときはたまげたもんだが、いい家族になれたようで良かったなぁ。レオンも満足そうな顔をしてた。ドリスのことをずっと気にしてたから、坊主がいてくれて心配もなくなったんだろうよ。」

そう言って、俺の頭を優しく叩く。よくレオンも同じことをしてくれた。
レオンと一緒に歩いた日々を思い出して、胸の奥が少し痛んだ。

「だが、じきにレオンの蓄えも尽きるだろう。それにドリスは心臓が悪いから、薬をずっと飲み続けなきゃならん。俺はパールレーンの近くで荷運び場をやっているから、仕事が欲しくなったらそこへ来るといい。」
「ありがとう。そうします。」



ドリスとふたりで生活するようになって、イヤというほどお金の心配をするようになってしまった。
はじめのうちは良かった。レオンが残してくれた財産があり、仕事をしなくても暮らしていけた。

けれども戦火がウルダハに迫ってくると、徐々に物価があがってきた。
食料だけならなんとかなる。外で狩りをすればいいし、獲物を畑の作物と交換してもらえる。
けれども冬の燃料費、家賃、ドリスの薬代が家計を圧迫した。

とうとう住み慣れた家を売り払い、小さな家に引っ越すことにした。
もともと住んでいた家はドリスの両親のもので、中産階級らしくそれなりに部屋数もあったのだが、移り住んだ家は下層民のための集合住宅で、玄関と小さな居間、それから寝室しかない。
ドリスの身体が心配なので、寝室には彼女のベッドを運び込み、俺は居間の暖炉の前に厚めの毛布を敷いて、そこで眠ることにした。

チラチラと燃える暖炉の炎を見つめながら考えた。
蓄えが尽きるまえに仕事をはじめて、なんとか生活費を稼がないと。
俺はともかく、ドリスの薬は手にいれないといけないし、栄養のあるものを食べさせたい。
ドリスを守るってレオンと約束したから。

母の消息を探しにドライボーンへ行くという目標はとっくに諦めていた。
一日一日を生き抜いていくだけで精一杯だ。

翌朝、フリートヴァルトを探してパールレーンに行ってみると、行き止まりの路地裏ですぐに彼の姿を見つけることができた。
大きな身体を窮屈そうに椅子に押し込んで、背中をまるめてせっせと帳面になにか記入している。
机の上には紙切れや分厚い本が山積みになっていて、いまにも崩れてしまいそうだ。
そのまわりで様々な大きさの荷物を運んで働いているのはみな身体の大きな男たちばかりで、そこへ頭ひとつ以上小さい俺が入っていったものだから、まるで見世物のようにジロジロと見られた。

「おい小僧、おまえミコッテ族か?」

いきなり尻尾を引っ張られて、俺はつんのめった。
おもしろ半分に尻尾を引っ張るやつがたまにいるが、尻尾だって骨があるし血も通っている。引っ張られると痛いし、ひどくすると脱臼することだってあるから、尻尾を引っ張られるのは不愉快だ。
振り返ると、上半身裸で汗だくの大男がイヤな笑い方をしながら俺の尻尾を掴んでいた。

「痛いじゃないか! なにするんだ!」と、怒りの声をあげると、肩をすくめてみせ、
「このへんじゃ珍しくてな。親方に用事か?」

声を聞きつけてフリートヴァルトが帳面から顔をあげる。
俺を見つけると、にいっと人好きのする笑顔をみせた。

「ムサシじゃねぇか。いつくるのかと思ってたんだぞ。」

手招きされたので大男を振りほどき、机の近くまで歩いていくと、フリートヴァルトは椅子から億劫そうに立ち上がった。熊のような吠え声を発しながら腕をぐるぐるまわしたり、肩や腰を揉んでほぐす。
いちいち身振りが大きいし、とにかく大声なので驚いてしまうのだが、レオンもわりとそんな風だったし、もしかしてハイランダーはみんなこんな感じなのかな…。

「ああ、俺ァちまちま帳面をつけるのなんか大嫌いなんだよ! 肩がこってしょうがねぇや。」

机の上の帳面を平手で叩く。
まったく掃除をしていないのか、ぶわっとホコリが舞い上がった。

「ムサシ、おまえドリスから読み書きくらいは習ってるだろ? 計算はできるか? ん?」
「数字を足したり引いたりすること?」
「そうだ。ここの人夫はみんな日雇いだからな。出来高で給金を支払って、それを帳面につけなきゃならん。俺が一番キライな仕事だ。」

にんぷ…ひやとい…できだか…? 聞いたことがない言葉がポンポンと飛び出してくるが、とにかくなにかを計算して、それを帳面に記入するということか。わかっているのか自分でも自信がないが、こくこくと頷くしかない。
帰ったらドリスに聞いておかないと。必死になって今聞いた言葉を頭に詰め込んだ。

「親方、ミコッテの頭が良いなんて聞いたことないぜ? そんなチビに務まんのか?」
「最初から全部任すわけないだろう。ママルカに補佐させる。」
「チビとチビか、そりゃあいい。」

なにが面白いのか、大男がゲラゲラ笑って荷運びの仕事に戻った。
いままで気づかなかったのだが、机の影からヒョイと小さなララフェルが出てきた。小脇に重そうな本を抱えている。
ヒューランの子どもにしか見えないが、ウルダハでは珍しくもないデューンフォーク族だ。
頭が良く商売にたけ、ウルダハで成功した者も多いらしい。
彼は褐色の肌にキラキラ光る金色の目、黒髪を頭上で無造作に束ねている。ララフェルの年齢はよくわからなかった。

「や、親方から話は聞いてる。おれはママルカ・ノノルカ。」
「俺はムサシ。」

ママルカが差し出した手を握り返すと、こちらに顔を近づけてきて目配せした。

「あのイヤな奴はブルって呼ばれてる。意地悪で猛牛みたいなうすら馬鹿だから気をつけな。」

先ほど俺の尻尾を引っ張り、茶化してきた大男のことのようだ。
意地悪で猛牛みたいな…ウスラ馬鹿? 独創的な表現すぎてよくわからなかった。

「うすら? …ウズラ?」
「ウズラだったら卵も産むし、少なくともあいつよりは役立つんだがなぁ。よいしょっと。」

背伸びして重そうな本を机の上に乗せようとしていたので、あわてて手を出して手伝う。
ちらりと中身が見えたが、見知らぬ単語がびっしりと並んだ難しそうな本だった。

「なにかっつうとチビチビってうるせぇんだよ。てめぇはでっかい図体だけの癖してよ。」

口を尖らせながら言うが、別段怒っている風でもなく、むしろママルカの言動がいちいち面白いのでつい笑ってしまった。

「だいたいチビとしか言えないのは語彙が少ないからだ。まともに読み書きができるようになってから人をけなせよな。まったく、頭の中に何が詰まってるんだ。筋肉か? 脳みそじゃなさそうだしな。」
「かもしれない。」

ふたりで顔を見合わせて、ぷっと吹き出し、それから大笑いした。
はじめて俺の親友になったのは、小さな身体に知恵とユーモアが詰まったララフェルだった。



日々わからないこととの格闘だったが、それでもなんとか荷運び場の仕事をまわせるようになってきた。

俺が担当しているのは、日雇い人夫たちの出来高を確認し、帳面につけて、その日の給金を支払うこと。大きい荷物はまだ運べないので、届いた荷物の仕分けと、政庁層宛の手紙を届けに行ったりもした。
一緒に働いているママルカは、人夫の仕事割当と、荷物を受け取りにきた人の対応と、苦情処理だ。
荷物の中身が違っていたとか、ぶっ壊れていたとか、そういった苦情を言ってくる人がときおりやってくるのだが、それらを口先で丸め込むのが彼は上手かった。
さきほど、荷の中の装飾品が破損していたとかで客がやってきて、その対応を今まさにしている。

「えっ? 中身が壊れておりました? そうですねぇ、これは壊れやすい素材ですから、それなりの梱包をしていませんと破損してしまいますね。大変申し訳ないのですが、うちで荷の中身まで確認することはいたしません。中身が盗難でもされたらそれこそ一大事でしょう? ええ、お困りなのは存じあげておりますよ。そうそう、こちらで腕の良い彫金師なら紹介できます。もちろん破損がわからないほどに修復できますし、料金も破格ですよ?」

実はその彫金師はうちの息がかかっていて、こういった客を紹介すると売上の一部がこちらにも入る。だからといって荷をわざと壊したりはしないが、荷運びはかなり荒っぽいので、繊細な装飾品はたびたび破損してしまうのだ。
ママルカはさらにあれやこれやと適当なことを吹聴し、ついには修理料金三割増しで磨き上げまでさせることを約束してしまった。
あれだけペラペラと言葉が出てくるのは本当にうらやましい。いや、別に出来なくてもいいか…。

呆れ顔をして見ていたのがわかったのだろう。ニヤリと笑うと、こちらに親指をぐいを立ててみせてきた。
俺たちの間のサインで「我、絶好のカモを得たり(もしくは単純に「やったぜ!」)」という意味だ。

「おい、チビ助。あんまり俺を待たせるなよ。」

そうだ。いまはブルの給金を計算していたんだった…。
苦情処理のほうが気になってしまって、つい手が止まっていた。

正直いって、ブルはママルカのいうとおり、あまり頭がよろしくない。
効率というものを考えないから、とにかく重い荷物ばかり運びたがる。
重い荷物はそれなりの出来高にはなるが、一度に複数運べないし、運搬に時間がかかるので、あまりいい稼ぎにならないのだ。
計算が終わったので帳面に記入し、引き出しの中から紙幣と数ギルを取り出すと、ブルにそれを渡した。

「これだけかよ! こんなんじゃ女も買えやしねぇ! おまえ、計算間違ってるんじゃないだろうな?」

凄んで、机越しに俺を睨みつけてくる。
こいつは嫌いだ。いつも威張りくさってるし、意地悪だし、すぐに俺の尻尾を引っ張る。
そのうえ手下をふたり引き連れてるし、なんだかダイラーを思い出す。

「疑うなら自分で計算してみればいいじゃないか。」

帳面を開いたままドサリとブルの前に放り出すと、やつはぐっと言葉に詰まった。
こいつが読み書きも計算もできないことは知ってる。俺なりの仕返しだ。
怒りに震えるブルの背後で、人差し指を角の形にして頭の上に突き出し、おどけて牛の真似をしているママルカが目に入った。
こんなときにやめてくれないかな。吹き出してしまいそうだ。

「畜生、おまえ、覚えてろよ!」
「残念。チビだからすぐに忘れるよ。」

ママルカとの付き合いのおかげで、俺も嫌味が言えるようになってきた。
ブルが帳面に目もくれないので(読めないのだから当たり前だ)、手を伸ばして引き寄せ、それからパタリと閉じた。
帳面を引き出しにしまい、鍵をかけて、チュニックのポケットにしまい込む。
親方が俺を信頼して預けてくれたものだ。これだけは絶対に無くすわけにはいかない。

「ムサシ! 役所に届け物があるみたいだぞ。」
「わかった。今行く。」

ブルがしつこく机の前から動こうとしないので、ママルカが助け舟を出してくれた。
身軽に机を飛び越えて、ママルカのそばに走り寄る。それからふたりして笑いを噛み殺しながらそこを離れた。

「ああ、あいつ本当に馬鹿だ。からかうと面白いよな。今度いちゃもんつけてきたらおれが相手してやるから、すぐに呼んでくれよ。」
「なんで読み書きを勉強しようとしないんだろう? 悔しければ勉強すればいいじゃないか。」
「あいつクソ馬鹿だから勉強しようってことすら思いつかないんだよ。それが馬鹿が馬鹿たる所以ってもんだ。」

ママルカは物知りで頭がいい。そのうえ口が悪くて冗談ばかり言っている。
はじめはなにが本気でなにが冗談なのか区別がつかなかったのだが、付き合っているうちに、基本的にすべての物事を茶化すのが好きなのだということがわかった。
ドリスが知ったら卒倒してしまいそうだったが、悪い言葉は彼からたくさん習った。

たとえば、ママルカお気に入りの「クソ」について。
クソ、すなわち排泄物のことだが、これをちょっとくっつけてやるだけで、途端に悪い言葉が出来上がるのだ。
クソ面白い、クソむかつく、あいつクソみたいな顔してる、などなど、応用範囲は広い。
この法則に気付いたときは世紀の大発見だと思った。俺、もしかして頭がイイんじゃなかろうか。

で、「クソ=とてもすごい」みたいな意味だと思ったので、親方からグリダニアの名物焼き菓子が振る舞われたときに、「クソみたいに美味しい」と言ったところ、ママルカが「ブフォッ!」といきなり吹き出して、食いかけの菓子を散らかしてしまった。そのあとも引きつけを起こさんばかりの勢いで笑っていて、発作がおさまるまでかなりかかった。

あとでママルカに聞いたら、「クソみたいに」というと、つまり排泄物のように美味しいという意味になってしまうんだそうだ…うえっ。
自分がうっかり言ってしまった言葉の意味を理解して俺は思わず赤面し、ママルカは俺の背中を叩きながらゲラゲラ笑った。
そこは表現するなら「クソ美味い」が正しいらしい。言葉って難しいな…。

ママルカにいわせると、ユーモアは絶望という暗闇の中で唯一輝き続ける光なんだそうだ。
彼の表現はいつも難しくてよくわからないのだが、つまり、辛いことがあったら笑い飛ばしてしまえ、ということらしい。

マーケット近くで手を振ってママルカと別れ、俺はポケットの中の鍵を返すために親方の家へと向かうことにした。
ちょっと遅くなってしまったから近道を通っていこう。

「そこの少年。」

路地に入ったところで、背後から急に声をかけられた。
振り返ると、この界隈でよく見かける娼婦が気だるそうに壁に寄りかかっていた。
目のまわりが真っ黒で、唇は真っ赤。胸を強調するように腰の上のほうを引き絞った安っぽい綿のドレスを着ている。
艶のある赤毛を頭の上でまとめてはいるが、すでにかなりこぼれ落ちていて、長い髪の房が腰のほうまで届いていた。

娼婦という商売についても、もちろん俺は知らなかった。
ママルカによると、金を受け取って夜の相手をする商売らしい。
ダイラーがあの子と寝たとか、この子と寝たとか得意気に吹聴していたことがあったが、俺はてっきり枕を並べて寝ているもんだと思っていたから、本当の意味を知ったときにはかなり狼狽えた。
「オマエならきっと高く売れると思うぜ?」なんてママルカが言うので、「ええ!?」と素っ頓狂な声をあげてしまったのだが、成熟した文化圏だと、女が男を買ったり、もしくは若い男を好む男というのもいるらしく…ううーん。
おっと、つい余計な考え事をしてしまった。

「俺のこと?」
「他に誰がいるってのよ。ねえ、今日の給金はもらったんでしょ?」

ニコリと笑うと、ちょっとあどけない風だった。
目のまわりをあんなに真っ黒に塗らなければいいのに。唇も真っ赤で正直怖い。
名前は…ええと…なんていったっけ…ブルたちがなにか彼女のことを話していたような気がする。

「喉乾いちゃったんだけど、今日は誰も奢ってくんないのよね。なにか奢ってよ。」

喉が渇いた? あ、そういえば。
俺はベルトに結んであった水袋を外して、彼女に放り投げた。受け取った彼女の手の中で軽く弾む。

「それ。今日は飲む暇がないほど忙しかったから、あげるよ。」
「なぁに? これ…。」

中身を一口飲んで、彼女は途端に不味そうな顔をした。

「ヤギの乳。美味しいよ。」
「ぷっ。」

彼女が吹き出した。それから仰け反って大笑いする。

「娼婦に声かけられてヤギ乳を奢る男なんて普通いないわよ! あー、おかしい。」
「そんなにおかしいのか…。」

こういうときはどう悪態をつくんだっけ?
クソを食べなさい。いや違った。クソ食らえ、だ。
ヤギ乳をもらうために苦労してウサギ狩りまでしたのに、それを笑うとは…。

「女にモテたかったらスマートに酒でも奢らないとね。」

不味いといったくせに、ごくごくと水袋の中身を飲み干す。
空っぽになると、それをまた俺に放ってよこして、

「ごちそうさま! うん、案外美味しかったわ。ありがとう少年。」
「どういたしまして。」
「そうだ、あんた荷運び場で働いてるわよね。奢ってもらったお礼にひとつ教えてあげる。」

いきなり近寄ってきて、息がかかるほどに顔を寄せてきた。
フワリとなにかよくわからないいい香りがする。くるくるした髪の毛が顔に触ってくすぐったかった。

「ブルには用心しなさい。ひとりであいつに会ったらダメよ。」
「え…? どういう…。」
「あいつ、ろくでもないことを考えてるみたいだから。本当に気をつけて。自分の身は自分で守りなさい。」

手をひらひらとふって、ドレスの裾をなびかせながらマーケットのほうへ走っていってしまう。
そろそろ日も落ちる。これから彼女の営業時間がはじまるのだろう。

別れてからようやく思い出した。
彼女の名前はエリザベス。ブルたちからはリジーと呼ばれていた。

⇒第七話「絶望と希望」



第五話「つかのまの春」

母の消息は、ようとして知れなかった。

聞き込みできたのがウルダハ周辺だけだったからかもしれない。
あの怪我の状態からいって母がすでにこの世にいないことは明白だったが、それでも彼女の最期だけはできれば知りたいと思った。



老夫婦と一緒に暮らすようになって、はやくも半年が経過していた。

はじめは警戒して部屋の隅でじっとうずくまっているばかりの俺だったが、新しい環境に馴染むのにあまり時間はかからなかった。老夫婦が野良猫のようにビクビクしている俺を気遣ってくれたり、言葉が通じないというのに毎日話しかけてくれたからだ。そこまでされては、さすがに敵意がないことくらいわかる。

最初に覚えたのは「ムサシ」という彼らの息子の名だ。
俺がいつまでも名乗らないので、いつしかその名で呼ばれるようになったわけだが、その次に覚えたのが「レオンハルト」 「ドリス」という、のちに俺の養父母となるふたりの名前だった。

養父レオンハルトはアラミゴ出身だ。アラミゴはヒューランの中でも特に背丈の高いハイランダーが多い土地だそうだが、彼もハイランダーらしい大柄な体格だった。筋肉はすでに衰えてしまっているようだが、姿勢が良いのであまり年齢を感じさせない。
アラミゴで反乱が起きるまえに単身ウルダハへ移り住んできて、炭鉱夫として生計を立てていたらしい。腕を買われて現場監督として働いていたが、長年の仕事で肺をやられてしまい、炭鉱の仕事は引退したそうだ。
養母ドリスはウルダハの中産階級の生まれだ。白髪混じりの亜麻色の髪をきつくひっつめ、はしばみ色の瞳をしている。もともとは学校の先生をしていて、学のなかったレオンが学校に通うことに決めたとき、教師を務めていたのがドリスだったらしい。

俺が心を開いたとみるや、ドリスはさっそく共通語を教えてくれた。
異文化の中で暮らしていた子どもに教えるのだからさぞかし大変だったはずだが、さすがは元教師と言おうか、教え方がとてもうまかった。
はじめはまるで意味がわからず、ミミズがのたくったような落書きを量産する一方だったのだが、彼女のおかげで半年も経った今では日常会話と簡単な読み書きならできるようになっていた。

言葉が理解できるようになって、今度は好奇心が頭をもたげてきた。
そこで、人通りがまばらになる夕暮れ時になってからこっそりと部屋を抜けだし、家の近辺をウロウロと出歩くようになった。
母の消息をなんとか知りたいと焦る気持ちもあったが、そもそも土地勘がなければ聞き込みなどできるはずもないので、まずは探検と割り切ることにした。

石だけで作られた高い建物はどれも珍しく、建物の間から見える王宮の巨大な影にはひどく圧倒された。
人通りのない夜のマーケットも歩いてみたが、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
どういう仕組みになっているのか、天井の高いところから延々と水が降ってくる仕掛けなどもあった。いつか水が枯れるんじゃないかと思ってハラハラしながら見ていたが、ついに水は枯れることがなかった。
物珍しさで政庁層のほうまで足を運んだこともあるが、フカフカした絨毯をしゃがみこんで観察しているうちに衛兵に見つかり、咎められてすごすごと引き返す羽目になった。



ウルダハの中の探検に満足すると、今度は門の外へ出かけるようになった。
外壁沿いにある流民の天幕群は相変わらずだったが、その向こうに小さな畑があり、ヤギとニワトリを飼っている農家を見つけた。さらに少し歩いたところで線路を見つけ、これに沿って歩いていけば母としばらく暮らした洞窟に行けるかも、などと考えた。
もうひとつの門から出ると、そちらのほうでは大地に大きな亀裂が走っていて、亀裂の下のほうに向かって木で足場が組んであった。
覗きこんだらあまりの高さに目がくらんでしまった。夜中にふらふら歩いてここから落ちないように気をつけないと。

母の消息を訪ね始めたのはこのころだ。流民に話を聞いてみたり、丘の上にある墓地まで足を運んだりもした。
しかし、母あるいは追手のミコッテ族の目撃談はまるで聞かないのに、むしろ俺のほうが流民たちの間で噂になってしまった。滅多に人里には姿を見せないミコッテ族の男、それも子どもなのだから仕方ない。
噂になるのは願ったりかなったりだ。母の消息を探しているということが広まれば、知りたいことがあちらからやってくるはず…。
けれども、そのせいで俺が毎日こっそり家を抜けだしていることが養父母にバレてしまった。

あるとき、明け方になって家に戻ったら、むすっとしたレオンと泣きはらしたドリスが待ち構えていた。
はじめは誰か親しい人が死んだのかと思った。まさか俺のことを心配して泣いていたとは思わなかったから。

「ムサシ、毎日こっそり出かけていたんだな?」
「……ええと…はい。ごめんなさい。」

俺は素直に頭を下げた。
ミコッテ族は感情が顔より先に耳と尻尾に出てしまうから、ペタリと倒れた耳で本当に反省していることは伝わっただろう。
一生懸命言葉を探しながら、毎日外に出かけていた理由を説明した。

母と一緒にミコッテ族の集落から逃げてきたこと。
すぐに追手がかかったこと。
母が瀕死の重傷を負いながら俺を逃がしてくれ、独りでなんとかウルダハに辿り着いたこと。
たぶん死んでしまったであろう母の消息を訪ねて、近隣を探して歩いていたこと…。

一旦泣き止んだドリスが再びはらはらと涙をこぼし、俺の身体に両腕を巻きつけてきた。
腕組みをして話を聞いていたレオンだったが、しばらくするとおもむろに言った。

「よし。これからは俺も一緒にオマエの母さんの行方を探そう。ドリスもそれならいいだろう?」

それで、俺とレオンとでウルダハ周辺を散策するのが新しい日課となった。
引き続き母の行方も探してみたが、そちらについてはやはり手がかりは掴めなかった。
俺が母といたのはブラックブラッシュ近くの貧民窟だったということを話したところ、もし追手を俺から引き離そうと考えるのならば、母が向かったのはドライボーンの方角ではないかとレオンは言った。
ドライボーンまでは徒歩で行くことはできないようだし、なにか方法があったらそのうち行ってみよう…。

レオンは家では寡黙な人だったが、外でふたりになったときはよくしゃべった。
ウルダハの文化のこと、政治のこと。貨幣経済について。
この概念はまったく知らなかったからビックリだ。道理でみんな狩りをしないで暮らしていけるわけだ。
それから、流民街を歩いているときには故郷アラミゴのことを教えてくれた。

「いまアラミゴは圧政と反乱、帝国の侵攻で疲弊していてな。ここまでなんとか辿り着いても戦いの傷を癒せないまま死んでしまう者が多い。せめて飢え死にはしないよう、市民で炊き出しなどの活動はしているんだが、ウルダハもたいした手は打てないままだ。本当ならアラミゴ人たちで力を合わせて解決しなきゃならん問題なんだがな…。」

レオンは肺を患っていたから戦いに行くことができない。それならば、と、ふたりの息子であるムサシがアラミゴに向かい、そしてそのまま帰らぬ人となったらしい。そのようにして多くの若者が戦地で命を落とした。

帝国の侵攻とともに、多くの流民がウルダハに着の身着のままでたどり着いてくるものの、多くは仕事も住処も満足に見つけられず、外壁に沿ったボロボロの天幕で日々の暮らしを余儀なくされている。
レオンとドリスはアラミゴ出身の仲間とともに慈善活動をしていた。俺が流民街で凍えて死にかけていたとき、たまたまレオンが炊き出しにきていたそうだ。
人だかりを見つけてのぞきこんでみたら、凍えて意識を失った子どもが今にも見捨てられそうになっていたらしい。
貧民の子どもが凍死することは珍しくもない話だったが、まだ生きているものを見殺しにするとは何事かと無我夢中でひったくって自宅に連れ帰り、ドリスとふたりで必死に温めた…そこで目が覚めた俺の記憶とも一致する。

ところが、泥を落としているうちにヒューランにはない特徴的な耳と尻尾が出てきて、レオンは面食らった。
ミコッテ族の女性ならウルダハにもそこそこ住んでいるそうだが、男、しかも子どもというのはまずいない。多くは集落から出てこないか、もしくは生涯放浪しているせいだろうが、とにかくそれでレオンは俺を孤児院に預けようと思ったそうだ。
あとで聞いた話だが、ウルダハで孤児院を運営していたのがミコッテ女性だったらしく、ならばそこにと考えるのは自然なことだろう。

けれども何故か、ドリスが頑なに俺を手放すことを拒んだ。
俺がドリスをおばあに似ていると思ったように、ドリスも俺に亡くした息子の面影でも見たのだろうか。
ミコッテ族の子どもをどう育てたらいいものか、はじめはずいぶんと悩んだらしい。しかし、俺を引き取ってからというもの、ふさぎがちだったドリスが生き生きして、そのうえ明るく笑うようになったことなどをレオンから聞かされた。

「息子が亡くなったと知らせがあって、そのときからドリスは感情も無くしたみたいになっちまったんだよ。だが、オマエが心配かけたってことでまた泣くようになったんだからなぁ。血の繋がりなんて関係ないんだよ。」

はじめはおばあと雰囲気が似ているとすら思ったドリスだったが、似ていたのは一度決めたら絶対に譲らないという芯の強さで、普段は優しくて儚げでいつまでも少女のような人だった。
レオンは彼女に一目惚れで、身分違いと知りながら猛烈にアタックをし、それで結婚を承諾してもらったらしい。もちろんドリスの両親は猛反対したそうだが、そこはドリスの芯の強さがいかんなく発揮された。なんでも、「この人と離れるくらいならウルダハから出てゆく!」とまで言い切ったそうだ。

とはいえ、ドリスはなにかといっては俺を心配してオロオロし、無茶をしがちなレオンをたしなめてため息をついた。それくらい情の深い人だった。
この優しくて繊細な人をどうしても守らねばという気持ちで、俺とレオンの間には奇妙な連帯感が芽生えた。
ドリスに喜んでもらおうと、ふたりで腕いっぱいの花を摘んで持ち帰ったりしたっけ…。



俺は養父母にとっては亡くなった息子の代わりだったが、それでも彼らの深い愛情は感じたし、命を助けてもらったことは今でも感謝している。
一緒に暮らせたのはほんの数年間だけれども、長い冬のような厳しい人生の中で、あの幸せな日々はつかのまの春のようだった。

⇒第六話「はじめての親友」



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