Short Stories - 新生itachizm
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番外編第ニ話「秘湯とおれとネコとネズミ」

ムサシが眠っている間におれがやったこと。
予定してあった取引先への挨拶まわり。それが終わってから下宿近辺の相場調べ。それから、気になることがあって巴術士ギルドに寄って調べ物。おれって働き者だよな。

商談の手応えは上々だった。コスタ・デル・ソルの富豪と取引のある商会らしいのだが、挨拶ついでに持参した装飾品を見せたら、「もっと見せろ」「他にはないのか」「なんでもいいから売れ」とせがんでくる勢い。
話を聞いてみたら、富豪が囲っている踊り子たちのために大量の装飾品を集めているそうで、このあたりではあまり見ない珍しいデザインにさっそく食いついたらしい。
後日あらためて他のものを見せると約束しておれは退散し、追加で適当な装飾品を送って欲しいということ、商談の掴みは上々だということをチャチャピ宛の手紙にしたためた。

ムサシの下宿近辺の相場を調べるのは簡単だった。
冒険者ギルドに出向いて下宿を探しているということを伝えたら、手頃な空き部屋をいくつか教えてくれたので、相場はすぐにわかった。
ちなみに、どれもこれもごく一般的な部屋で地下室というのはなかった。いったいどう探したらあんな部屋を見つけられるんだ?
まあいい。ちょっと良さ気な部屋もあったから、あとで引っ越しを提案してみよう。

巴術士ギルドのほうは入門を考えていると適当なことを言って、蔵書を読ませてもらった。
巴術士ってのは呪術師と同じく魔法を操る職なんだが、決定的に異なるのは「異界から呼び寄せた魔法生物を使役する」って点だ。呪術師ギルドに入門したときに別系統の魔術があることは聞いていたが、最近になってリムサ・ロミンサで体系的に学べるようになったらしい。

…てな感じで用事を済ませたら、さすがにとっぷりと日が暮れてしまった。
下宿に帰ってみると例の生き物が部屋の中央でぼうっと光っているだけで、ムサシの姿がなかった。
またあいつふらふらしてんのか…と思って、近所を探してみると、下宿のそばの波止場で釣り糸を垂らしているネコ野郎の姿があった。笑っちゃうことに、となりに野良猫が一匹並んで座っている。
こうしてみると、二匹、いや失礼、ひとりと一匹が仲良く尻尾を揺らしていて面白い。
おもむろに近寄っていって釣果を確認したが、バケツの中身は空っぽだった。

「やあ、おかえり。」
「やあ、じゃないぞ。さっきはいきなり寝ちゃってさ。おれも用事があって出かけたからいいけど。」
「ニャー。」

代わりに返事をしたのはムサシの隣におとなしく座っていた縞々の猫だ。
どうも釣りの獲物を待っているらしい。
ムサシが猫の頭を撫でると、猫はムサシの膝にひょいと飛び乗って頭を手に押し付けた。もっと真剣に撫でろという仕草だ。

「ごめんごめん。最近なんだか疲れやすいんだ。それであんまり遠出もできなくて。」
「おれ、その理由知ってるぜ? 聞きたいか?」
「ええっ?」

びっくりしている。ふはは。またママルカ様の博識を披露してしまうようだな。
博識っていうか、今さっき調べてきたことなんだけど。

「あの謎の生き物、あれがおまえのエーテルを食ってる。あいつがいる限り、おまえは何をしなくても疲れる一方だぞ。」
「あいつが…道理で小魚を食べないわけだ…。」

野良猫かよ。

「だいたい、あれはおまえが召喚したものだろう? 用事が済んだら帰さないと。」

ムサシの耳がぺたっと倒れた。尻尾も元気なくだらりとする。
それだけで回答までわかってしまった。おれ、なんて勘が良いんだろう。勘が良すぎて、事前の下調べまで済んでるしな。
おれは腕組みをしてふんぞり返った。

「ママルカ様、アレの返し方を教えてくださいと言え。」
「ママルカ様、アレの返し方を教えてください。」
「ムサシにしては素直だな。よろしい。」

そういうわけで、さきほど調べてきた知識を総動員して、あの謎の生き物を異界に返す方法を教えた。
実はごく単純なことだ。アレに向かって「もう用事は済んだからさっさと山へ帰れ」と強く念じるだけでいい。
一緒に部屋に戻ってさっそくムサシが試してみると、謎の生き物はぴょこんと空中に飛び上がり、くるんと一回転すると小さな光の玉になって消えてしまった。
あまりにあっけなかった。いきなり驚きの声をあげたのはムサシだ。

「うわ! 何だこの部屋真っ暗だな!?」
「地下室なんだから暗いに決まってるだろが!」
「今まであれがいたから気にならなかったんだよな。そういえば俺、暗いとこよく見えないんだった。」
「アホかー!」
「もういいや、今日はもう寝よう。おやすみ。」
「あっ! 問題を先送りしてそうきたか!」

相場を調べてきたこと、良さ気な部屋を見つけてきたことを伝え損ねたが、今はまだ甘やかすときじゃないな。
さすがに到着初日にいろいろやりすぎて疲れたし、おれも寝るか。ふあー。



ベッドが一台きりしかないんだから、仕方なしに同衾だ。
やつは身体を丸めて眠る癖があるし、おれはこのとおり小さいからなんら問題ない。荷運び場でもよくこうやって一緒に雑魚寝したもんだ。
そしたら、朝起きてムサシがぽろっと「シグと寝たときは首に太い腕を乗せられて苦しかった」とかなんとか爆弾発言をしたもんだから、さすがのおれもびっくりしてしまった。

「え? なにそれ? 同居していたのは、つまりその…。」
「ちがう!」

ああびっくりした。
実はチャチャピから、こいつがドリスの薬を工面するために高級娼館の売れっ子になってたとかいう仰天話を聞かされていたもんだから、もしかしておっさんと恋仲になっていたんじゃなかろうかなどと考えてしまったのだ。
いやいやまさか。まさかそんな。仮にそうだとしたらめっちゃ面白いけど。

「うーん、久しぶりに良く寝たなぁ。アレがいたときは起きてもなんだかすっきりしなくてさ。」

ムサシが言うには、この部屋を借りたときに前の持ち主が巴術の初歩教本を忘れていったらしく、試しに読んでいたらアレがいつのまにかいたそうだ。
巴術士ギルドにはちゃんと入門したのかと聞くと、それは考えてもみなかった、とのこと。
教本を読んだだけで召喚に成功してしまうんだから、ある意味期待の大型新人と言えなくもないが、こいつはこういう肝心なところが抜けてるんだよな。

「昨日のうちに挨拶まわりは済ませてきたし、今日は弁当持って秘湯に行ってみるか?」
「秘湯! 行こう行こう。」

ムサシの目が期待にキラキラと輝き、尻尾がそわそわしはじめた。なんてわかりやすいやつ。
こういう反応が嬉しくて、おれはついついやつの面倒をみてしまうのだった。
それでチャチャピが焼き餅を焼いておれにビンタか飛び蹴りを食らわすのがいつもの黄金パターンなのだが、チャチャピもムサシのことは嫌いではないらしく、おれがいない間はあれこれ世話を焼いていたらしい。
総合すると、なんだか放っておけないのがやつの最大の特徴だ。だって野良猫みたいだしドジなんだもん。

というわけで、おれたちは食堂で朝飯を食い、ついでに弁当も包んでもらって秘湯に向かうことにした。
秘湯への行き方はこうだ。
まずリムサ・ロミンサから小舟で西ラノシアのエールポートへ。
そこから徒歩で高地ラノシアに出る。さらに高地ラノシアを突っ切って外地ラノシアへ。外地ラノシアのさらに一番奥が秘湯と呼ばれる隠者の滝だ。
どうしておれがそこに行ったことがあるかというと、リムサ・ロミンサに短期間住んでいたころ、背中の火傷の跡に効くと教えてもらって、何度か温泉に浸かりに行ったから。
崖っぷちの滝のそばに茹で上がるほど熱いお湯がこんこんと湧き出ていて、そばには休憩もできる掘っ立て小屋があり、傷病者や癒やしを求める冒険者たちに人気だ。たまにいちゃつく目的でカップルが来ていたりするが、そういうのを冷やかしても面白い。

おれたちはくねくねとした山道を呑気に歩きながら、昔の思い出話を語り合った。
第七霊災のちょっと前、おれは不滅隊に志願してカルテノーに行っていたから、あのときウルダハで何があったのかはよく知らない。
ムサシとチャチャピの話によると、ウルダハにも火球がいくつも降ってきて尖塔がぼっきぼきに折れたんだとか、上層が火災でてんやわんやだったとか、災害に乗じてアマルジャ族まで攻めてきて大変なことになったんだとか、そんな感じ。
シグのおっさんはそのときにムサシを助けて知り合ったそうなんだが、これがまたなんだかややこしい話で、実はムサシを帝国のスパイじゃないかと疑って近づいたらしい。
こんなドジにスパイが務まるわけねぇだろとおれは即座に思ってしまうわけだが、冒険者稼業の傍ら、ときおりシグからの依頼もこなしているということをムサシは話した。

「それでさ、あの、ちょっと頼みにくいことがあるんだけど…。」
「ん? なんだ? 投資した金をさっそく返して欲しいか?」
「いや、そういうことじゃなくて…。」

ムサシがなんだか言葉を濁していたら、山道の一番狭いところに、腕組みしたキキルン族が立ちふさがっているのが見えた。
キキルンっていうのはネズミみたいな背丈の小さな獣人で、ウルダハの近くにも集落を作ってたくさん住んでいる。
馬鹿だし、ネズミらしく不潔なので、まともに相手をしているやつはいないが、アマルジャ族のように邪悪なタチではないので、なんとなく共存しているという感じだ。

「おまえら、この先に行きたいならチャリチャリ出すっちゃ。」

前言撤回、邪悪なキキルン族もいる。
こいつがチャリチャリと呼んでるのはエオルゼアで流通しているギルのこと。

「はあ? なんでおまえに金払わないといけないんだ。」
「チャリチャリ持ってるのはわかってるっちゃ。そこでジャンプしてみるっちゃ。」

ムサシが懐に手を突っ込んでなにやらゴソゴソしている。
え? なに? あっさり払っちゃうわけ?

「払う気になっ………ちゃあーッ!」

キキルンが残像を残していきなり真横に吹っ飛んだ。
ムサシのまわし蹴りがキキルンの側頭部に決まったようだ。なんて容赦のないやつ。

「き…汚い! このネコやろう汚いっちゃ!」
「不意打ちに綺麗も汚いもあるか。」
「卑怯! あまりにも卑怯っちゃ! 許しがたいっちゃ!」
「善良な市民からギルを巻き上げようとしたネズ公がなに言ってる!」

ネコとネズミの喧嘩か。これはジワジワくるぞ。
しかしこのキキルン、ウルダハ近辺に住んでる連中に比べて語彙が豊富だし、なんとなく知性も感じるんだよな。
あ、そういえば、リムサはウルダハみたいな獣人排斥令がないから、国内でキキルンが商売してるんだった。
案外、知能が高い連中なのかもしれない。

「怪我の治療費を請求するっちゃ! チャリチャリ出すっちゃ!」
「そんなもん、温泉に浸かっとれば治るわ!」

やつらの低レベルな喧嘩が面白すぎてついゲラゲラ笑ってしまった。
仕方ないなあ。そろそろ助け舟を出してやるか…。

「なあ、おい。キキルン。名前は?」
「ママルンっちゃ。」

今度はムサシが盛大に吹き出した。
え、そこは笑うところ? おれと名前がちょっと被っただけじゃん…。

「ママルンさ、なんでチャリチャリ欲しいんだ?」
「チャリチャリ貯めて、お店を出すっちゃ。」
「ほう?」

人から巻き上げた金で店を出そうとはネズミの浅知恵もいいところだが、金を貯めて商売したいとはなかなかの野心家じゃないか。
名前も部分的に一緒だし、ちょっと親近感を覚えてしまった。

「おれな、ウルダハで商会やってるんだ。おまえ、もしよければうちの商会で働かないか?」
「ええー!」
「アイエエエー?」

ネコ野郎とネズミ野郎が同時に驚きの声をあげた。
うん、おれもなんか勢いでこんなこと言っちゃって驚いてる。

「来年の春にうちの奥さんに子どもが生まれるんだ。だから人手が足りなくなる。ウルダハは獣人排斥令があるから連れて帰るわけにはいかないけど、リムサに営業窓口が欲しいと思ってたところだ。おまえに見どころがあるなら店を任せてもいいぞ。チャリチャリだって数え放題だ。どうだ?」
「ママルカが…パパルカになるから…ママルンを雇って…あっはっは!」

なにが面白いのかわからんが、ムサシが呼吸困難になるほど馬鹿笑いしている。
共通語で思考してるわけじゃなさそうだから、言葉遊びが笑いのツボに入ってしまったんだろう。
ママルンは興味津々といった顔で長いヒゲをひくつかせている。
キキルン族を店長にするとか前代未聞だし、このネズ公が悪知恵を働かせないかという心配もあったが、こいつは存外使えるという妙な直感があった。

「チャリチャリもらえるっちゃ?」
「働いたら働いた分だけチャリチャリはくれてやるぞ。」
「やるっちゃ。」

即答かよ。

「だが、ここを通るためのチャリチャリはくれてやらん。」
「くれないっちゃ?」
「なんでお前に通行料払うんだよ。」
「こら、堂々巡りになるから喧嘩をふっかけるんじゃない。」

話は簡単だった。
弁当を分けてやると言った途端、ママルンはチャリチャリを諦めておとなしくついてきた。
なんだ、腹減ってただけか。

というわけで妙な邪魔は入ったが、おれたちは無事、隠者の庵、通称秘湯に到着した。
先客がいるかと思ったのに誰もいない。おれたちの独占のようだ。

「おおー!」

ムサシが歓声をあげたかと思うと、いきなり服を脱ぎ捨てて素っ裸で温泉に飛び込んだ。動物か!
一方のママルンはというと、不機嫌そうにして温泉の縁から動こうとしない。

「ママルン、毛が濡れるのは嫌いっちゃ。ネコ野郎は馬鹿だから喜んでるっちゃ。」

幸いにも向こうではしゃいでいるムサシには聞こえなかったらしい。ちょっと同感だ。
おれは文化人なので、持参した荷物から水着を引っ張りだした。おれたちだけならまだしも、いつ誰がくるかわからないしな。

「そうはいっても風呂に入らないと臭いぞ。臭いとチャリチャリ稼げないんだからな?」
「それは困るっちゃ。どうすればいいっちゃ。」
「布を濡らして堅く絞って、それで体をゴシゴシこすればいい。」
「わかったっちゃ。」

布を渡してやったら、本当にゴシゴシと身繕いをはじめた。
儲けるためなら己のポリシーも曲げるとは、キキルンのくせになかなかやりおる…。
一方のムサシはというと、熱湯が湧きだしているところに突っ込んでしまったのか悲鳴をあげている。アホなのかな?

「うあっちゃっちゃ! あつい! ここ熱い!」
「源泉が湧いてるとこは熱いっていったじゃん! 火傷するぞ?」
「温泉をみたら飛び込みたくなるのが人情ってもんだろ?」
「知るか!」

さっさと水着に着替えると、おれも温泉に浸かった。
ここの滝壺近く、水が適度に湯をさましてくれるところがベストポジションなんだ。
目を閉じると聞こえてくるのは滝壺に落ちる水の音、鳥の声。頬を撫でる風が気持ちいい。温泉最高。
えーと、こういうときなんか唱えるんだったけな…ゴクラクゴクラク(意味はよくわからない)?

「なあママルカ、あのネズミ、どうするんだ?」

まったりと温泉を堪能していたら、いつの間にかとなりにムサシが来ていて、小さい声で耳打ちされた。

「え? 雇うっていったからには雇うぞ? 有能なら獣人でも採用する。」
「身元もよくわからないのに、よく決心するなぁ。」
「もし使い物にならないなら解雇するだけさ。雇う前から獣人だからって差別するのは良くないだろ。」
「そうか…そうだな。俺、心が狭いのかもしれないな。さっきは悪いことした。」

ムサシは肩をすくめて笑った。
そこでふとママルンに目をやると、いつのまにかおれの荷物を漁って勝手に弁当を食っているところだった。
獣人だからといって差別は良くない。それはおれのポリシーでもある。
だが、あの野郎には文化的な教育が必要なようだな。

「おいムサシ、遠慮はいらないから、あいつに礼儀を教えてやってくれ。」



ママルンはムサシの容赦ないかかと落としを食らって大人しくなった。
人の弁当を勝手に食べると痛い目をみるということを身を持って学んだようだ。

ママルンがおれの弁当を食い散らかしてしまったので、おれは仕方なくムサシと弁当を分けあった。
当然だが足りない。せっかくこれを楽しみにしてきたのに、とんでもないネズ公め。
秘湯を堪能してリムサへと帰る道すがら、ママルンがぽつりとつぶやいた。

「弁当ってやつ、あんまり美味しくないっちゃ。がっかりっちゃ。」
「おまえ、人のモンを食っといてよく言うな。またムサシの蹴りを食らいたいか?」
「ネコ野郎の蹴りなんか怖くないっちゃ。」
「わかった。じゃあもう店は任せないしチャリチャリもくれてやらん。」
「申し訳ないことをしたっちゃ。深く反省してるっちゃ。」

なんだかこいつの操縦方法がわかってきたような気がする。
そんなわけで、余計なやつを伴っておれたちはリムサ・ロミンサに戻ってきた。
弁当だけでは物足りなかったので、広場の屋台で簡単な飯を食べる。誰も奢るなんて言ってないのに、ちゃっかりママルンまで焼き鳥をムシャムシャ食っていた。
で、飯のあとは当然のような顔をしてママルンまで下宿についてくるもんで、ムサシがこれまた露骨に嫌そうな顔をした。

「なんでこいつまで俺の部屋にくるわけ?」
「今から追い返すのも可哀想だろ。今日はとりあえず泊めてやろうぜ。」
「ネコ野郎、細かいことは気にするんじゃないっちゃ。」
「ほお…。今度はどんな技を食らってみたい?」

溢れんばかりの殺気を隠そうともせず、ムサシがママルンに迫る。
だが、部屋に入ったママルンがたいそう居心地が良くて素晴らしい部屋だと大絶賛したもんで、ムサシも機嫌を直したようだった。
なるほど、キキルン族はじめっとしたところが好きらしい。

「まあ、俺も明日から仕事を再開するし、日中は留守にしてるからいいけどさ。」
「おれはウルダハから追加の荷物が届くまでは留守番かなぁ。荷物が届いたら商談で忙しくなるけども。」
「商談でチャリチャリもらえるっちゃ?」
「チャリチャリを稼ぐための話をしにいくのが商談だ。楽しいぞ?」
「なるほどっちゃ。」

ぽんと手を打って、長いヒゲをひくひくさせている。
こいつ、本当にわかってんのかなぁ…。

夜も更けてきたが、さすがにネズミと同衾するのはイヤだとムサシが言うので、ママルンのために魚醤からもらってきた木箱とボロ布で寝床をこしらえてやった。
木箱が魚臭くて辟易してしまったが、ママルンは逆にそれが気に入ったようで、良い寝床だと喜んでいる。
キキルン族の感覚がいまいちよくわからない。

「そうだ、良さそうな部屋を見つけたんだった。おれたちはそっちに引っ越して、ここはノノルカ商会が借り上げるってのでどうだ? 商会の倉庫も必要だし、ママルンが町で寝泊まりするときはこっちのいいみたいだしさ。」
「ん? 俺は寝られるならどこでもいいよ。」
「よし、じゃあ決まりだな。明日さっそく部屋を押さえて引っ越ししようぜ。」

さすがにもう瞼が重たい。
ベッドによじ登って身体を丸めたら、急激に暗闇が迫ってきた。
ん? そういえばなにか忘れてるような気が…。

「ムサシ、お前なにか言いかけてなかったっけ? おれに頼みごとがあるとか、なんとか。」
「ん? ああ…。そんなに…急いでることじゃ…。」

返事の途中でもう寝てるっていう。
ふむむ、本人がそういうならたいしたことじゃないのかな。
おれも半分夢うつつになりながら、リムサ・ロミンサの支店長としてネズミを雇ったという話をチャチャピにどう言い訳しようかと考えていた。

(つづく)
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番外編第一話「はるばる来たぜ、リムサ・ロミンサ」

※この話は「高い空 天空を渡る風」の続編です。



はるばる来たぜ、リムサ・ロミンサ…。

船首で偉そうに腕組みをして立ち、麗しきリムサ・ロミンサを眺めながら潮風に黒髪をなぶられているイカすララフェル、それがおれ。名前はママルカ・ノノルカ。
パッと見だとヒューランの子どものようだし、実際愛らしいので仕方ないのだが、これでもれっきとした大人であり、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長しているノノルカ商会の会長だ。

いつもは故郷であり、商会の本拠地でもあるウルダハで商売をしている。
このたびは運搬船に便乗してはるばるリムサ・ロミンサまで商談にやってきたのだが、おれにとっては四年ぶりの訪問だ。
カルテノーの戦いで後頭部と尻をバハムートに焼かれ、記憶喪失のままリムサに流れ着き、なんとか記憶を取り戻してウルダハへ帰還、愛する妻と涙の再会…にはならずに猛烈なビンタを食らい、すったもんだの末に商会を設立…忙しすぎてあっという間だったような気がする。時の流れは早いもんだな。

「そっか。もう四年も経っちゃったんだなぁ。」

誰も聞いちゃいないのに、つい口をついて出てしまった。
あらためて考えると感慨深いものがある。
なにせ、このおれもいよいよ大台なのだ。

神々に祝福されし種族であるララフェルは何歳になっても見た目は若々しく可愛らしいが、いくら可愛らしくても中身はもう立派なおっさんなんである。
おれに言わせると、中身がおっさんなのに見た目が可愛らしいというギャップこそララフェルの真骨頂なわけだが、残念ながら他種族相手の商談では舐めらやすい。だから、せめてもうちょい大人っぽくキメようとヒゲを生やしてみたところ、妻チャチャピには「似合わないからやめて!」と大不評であった。
チャチャピにそう言われたらヒゲは断念するしかない。ついでに、自分では気に入っていたモヒカンまでやめろと言われてしまったので、おれはいままた髪を伸ばしている。
だから、中身がもう大台のおっさんなのに、見た目がますます可愛らしくなってしまったわけだ。おお、なんと罪深いことだろうか…。

「おう、坊主ひとりか?」
「坊主…?」

頭上から声をかけられて見上げると、はるか天高く、頭にバンダナを巻いたルガディンがおれを覗き込んでいた。この船の船員らしい。
ルガディンはリムサ・ロミンサに多く、アマルジャもかくやというたくましい体つきの大柄な種族だ。
ここリムサを治める総督もルガディンで、女性だがかなり背が高いと聞いている。
ハイランダーですらつくづくデカイと思っていたが、ルガディンに至ってはそれ以上だ。リムサに住んでいたころに何人かと知り合いになったが、しょっちゅうふざけてボール扱いされていた。もちろん、大変に失礼な話なのだが、スケール的に考えるとまあそれもそうかな、なんて思う。
おれはふふっとニヒルに笑った。

「残念ながらおれは大人だ。リムサには商談できたのさ。」
「おっと、ララフェルだったか。すまなかったな。」
「なあに、良いってことよ。」

キマった。今のはすごく格好良かったぞ。
などと浸っていたら、そのルガディン船員にひょいと抱えられて、そのまま小舟まで運ばれてしまった。子どもじゃないっちゅうに。

リムサ・ロミンサ近辺は岩礁が多く、喫水が深い船は座礁の危険性があるので、運搬船は沖合で停泊する。
ここで積み荷を別の船にうつして輸送し、乗客は小舟に乗り移ってリムサ・ロミンサに上陸するって寸法だ。
運賃をケチって運搬船に乗り込んだものだから面倒くさいことになってしまったが、ま、いいか。安いし。

船頭が呑気に舟歌なんぞを歌い、小舟はゆらゆらとリムサ・ロミンサの船着場に近づいてゆく。
かつて暮らしていた街の景色を見て、胸に懐かしさがこみ上げてきた。
住んでいたのは一年ちょっとくらいなので、望郷の念を覚えるほどでもないのだが、とにかくウルダハとはなにからなにまで違うので印象深いんだろう。
まず、街全体がなんだか磯臭い。船の上に作った街だってんだからそれは仕方ない。
暑いのはウルダハと一緒なんだが、こっちはウルダハよりも湿気が強く、住人の服装がウルダハに比べて開放的だ。みんな日に焼けているし、裸同然の格好をした男女がうろうろしている。ウルダハは肌の露出はあまり品が良いとされないから、これには最初戸惑ってしまったもんだ。
ウルダハとは文化も違うし、種族構成だって違うから、ここでうちの商品を売るなら、もっとしっかり研究しないといけないかも…。

とかなんとか考えているうちに、小舟はリムサ・ロミンサの船着場に着いた。
またもや船員がおれをひょいと抱えておろしてくれた。荷物は大きな革のカバンひとつだけだ。中には商談のために持ってきた商品や試作品が入っている。
リムサにはしばらく滞在するつもりだが、服やらなんやらはこっちで買えばいいやと思って、他はなにも持ってこなかった。どうせムサシの下宿に押しかけるつもりだし。

ムサシってのはウルダハで長くつるんでいたおれの親友だ。
東方風の名前だが、やつは猫のような耳と尻尾をもつミコッテ族で、放浪癖のあるミコッテの男にしては珍しく街育ちだ。
生まれた集落から母親とともに逃げてきて、やつひとりウルダハにたどり着き、死にかけていたところを養父母に拾われたらしい。名前は彼らの亡くなった息子のものだとか。
おれとの出会いはウルダハのパールレーンの荷運び場だ。そこの親方と養父が昔なじみだったそうだ。
はじめはなんだか細っこくて軽薄そうなネコ野郎だな、なんて思っていたのだが、見た目に反して勤勉で根性もあり、でも肝心なところでドジで、ちょっと放っておけないやつだった。
生まれ育った環境もまったく違うし、歳だってずいぶん離れているのに、初対面のときから何故かウマがあって、今も変わらず親友だ。

やつがリムサに旅立ってからもう二年経つが、ときおり下手くそな字で書かれた手紙が届いた。
一番新しい手紙によると、なんと飛空艇に乗って各国に親書を届ける仕事を任されたらしい。
そのときウルダハにも来たそうだが、ウルダハでの仕事を終えたあとはすぐにグリダニアに向かわねばならず、おれに挨拶もできなかったことを詫びてあった。会う暇もないというのが寂しいところだが、どうやら冒険者として着々と名をあげているようだ。
ムサシによると飛空艇の旅はよほど楽しかったらしく、手紙には空から見た世界がどんなに美しく広大だったかということや、鳥みたいに空を飛ぶのがどんなに面白く楽しいかということがたどたどしい言葉で綴ってあった。
「いつかママルカもひくてい(ママルカ注:綴りが間違っているが飛空艇のことだ)に乗せてあげたい」ってのはちょっと嬉しくてニヤニヤしてしまったが、チャチャピに見られたら飛び蹴りを食らいそうだ。
しかし、「クソきれい」ってのはどうなんだ。あいつ、相変わらず「クソ」の使い方を誤解しているらしい。

船着場から街の広場まではリムサ・ロミンサのマーケットを通り抜ける。
ここも第七霊災でかなりの被害を受けたはずだが、そんなことは微塵も感じられない。ちょうど昼時だからか、大勢の市民が行き交っている。チラリと見た感じだと品揃えは実用的な商品がほとんどで、ノノルカ商会が得意とする分野はまだ流行っていないようだった。よしよし。

せっかくだから、少し商売の話もしておこう。ノノルカ商会は設立してから一年と少し経過したところだ。
会長とか雑用係はおれ。会計は妻のチャチャピ。商会にはお抱えの錬金術士と彫金師がいるけれども、まだ店舗は構えておらず、オリジナル商品をマーケットに卸しているだけ。

オリジナル商品てのは腕輪とか耳飾りなどの装飾品だ。はじめは金持ち相手に高価な装飾品を作っていたのだが、ちょっとおれらしくないなと思ったので、方向性をガラリと変えることにした。
まずオーダーメイドをすっぱり止めた。金型を作って、少し安っぽいけれども庶民が手が出せる価格帯の装飾品を大量にこしらえることにした。
次に大事なのはコンセプトだ。砂漠の民は青い海に特別の思い入れがある。ウルダハ近辺の黒っぽい海じゃなくて、リムサのエメラルドグリーンの海だ。だから商品には必ずエメラルドグリーンの石をはめ込むことにした。そして商品には「リムサ・ロミンサ風」という名前をつけた。実際はリムサはまるで関係ないけれども、そんなことは知ったこっちゃない。
ちなみに、装飾品にはめ込んでいるのは宝石でもなんでもなく、そこらへんで集めた石ころを磨き上げて青く着色しただけのものだ。安いし、大量生産できる。いい色を出すためにお抱えの錬金術士と一緒にあれこれ研究したから、染料についてはノノルカ商会のトップシークレットだ。
庶民が気軽に楽しめるお洒落ってのが今まではなかったもんだから、これがアホなくらい売れて笑いが止まらなくなった。
誰でも安価に楽しめるし、うちの商会は儲かって嬉しい。商売ってのはこういうことだよな。

ノノルカ商会は確実に儲かっているし、おれの懐もそれなりに潤っている。
ただ、会計と商品戦略担当のチャチャピが厳しいので、派手な投資を許してくれない。
ぼちぼち別の商品も開発したいと思い、エメラルドグリーンの海をイメージした青い肉まんを提案してみたんだが、それはどうしてもダメだといって首を縦に振ってくれなかった。「青い宝石はいいけど青い食べ物なんて不味そうだからダメ!」だって。そうかなぁ。
食べ物はダメとなると、次の戦略は販路の拡大しかない。ウルダハでリムサ風が受けるんなら、リムサではウルダハ風が受けるんじゃないかと思って、まずチャチャピに打診してみた。それならいいとお許しを得たので、試作品を持って取引相手に売り込みにきたというのがこれまでの経緯だ。つまり、うちの商会で一番エライのはチャチャピだ。おれはチャチャピには頭が上がらない。

驚きの展開はこのあと。
リムサ・ロミンサに行くために荷造りをしていたら、「せっかくならしばらく滞在してムサシと遊んできなさいよ。」なんて、チャチャピが言うじゃないか。
えっ? 早く帰ってきなさいじゃなくて、しばらく滞在してこい? しかも遊んでこい?
おれの聞き間違えか、あるいはチャチャピが熱でもあるんじゃないかと思い、おれはつい彼女の熱を計ってぶっ飛ばされてしまったんだが(ここまでは予想通りだ)、そのあと耳元で「来年の春にはあんたもパパよ。」なんてビックリ宣言。
うわあ! なにそのドラマちっくな展開! ママルカがパパルカになるのか? ワーオ!

いまならよくわかる。「これから忙しくなるんだから、いまのうちに羽を伸ばしておけ。休暇をくれてやる。」って意味だ。
ま、子どもが生まれたら、おれひとりで会計もやんなくちゃだし、忙しくなるのは避けられないよな。
とすると、新しく誰か雇わないといけないな。そろそろ我が商会も拡大することを考えてみよう。リムサにも窓口が必要だし、こっちに店舗を構えてもいいかもしれない…。

おれの頭の中は常にこんな感じ。いつもいろいろ考え事をしている。
だが、マーケットを突っ切り、広場の案内板でムサシから指定された店を探そうとしておれの思考はいきなり中断された。

ねぇよ!

レストラン「ドラクロン」だと? そんな名前のレストランは、リムサ・ロミンサにはない。
おれが住んでいたのは四年も前だから、てっきり新しい店ができたとばかり思っていたが、案内板を見る限り該当する店がない。いや、新しい店はいくつか増えているが、どれも「ドラクロン」ではないと言ったほうがいいか。あいつ、いったいどこを指定したんだよ?

そこでふと思いだした。ムサシは店の名前を正確に覚えない。
どういう頭の構造をしているんだか、だいたいまったく違う名前で適当に記憶していて、しかもそれを本人も気にしていないもんだからこういうときに厄介なのだ。
ふむ。つまり、やつがレストラン「ドラクロン」だと勝手に思い込んでいる店を探せばいいわけか。
それならたぶんこれだ。間違いない。

もはや超能力といっても差し支えないが、おれはレストラン「ビスマルク」に向かった。
やつのチョイスにしては悪くない。料理ギルドと併設していて、テラス席もある小洒落た店だ。料理も美味い。
はたして、テラス席のテーブルで分厚い本を一生懸命読んでいる勤勉なネコ野郎を発見した。

ニ年前と比べると、肌が日焼けして小麦色になっている。髪は色が抜けて、残念なトウモロコシのヒゲみたいな色だ。この髪の色のせいで軽薄な印象を受けてしまう。今度うちで開発中の毛染めを送ってやろうか。
一生懸命文章を追いかけている瞳は少し青みがかったエメラルドグリーンで、リムサ・ロミンサの海の色に似ている。瞳孔は縦長。ネコ野郎がまさにネコっぽいところだ。
その髪と目の色は両親のどっち譲りなんだと聞いてみたことがあるが、記憶にある母親は黒髪で紫色の目なんだとか。つまり、あいつの髪と目はどこの誰とも知らないオヤジ譲りのものらしい。
で、顔立ちは端正といってもいいくらいなのに、服装にはいつも無頓着なのがあいつだ。袖なしのチュニックは日焼けした肌に似合っていると言えなくもないが、くそダサい短パンと、それにその靴はなんだ。便所のサンダルか!

やつの座っているテーブルに歩み寄って、足元に鞄をドサリと投げ出した。
正面の椅子にぴょんと飛び乗ると、ムサシが本から顔をあげ、おれを見て嬉しそうに微笑む。

「ママルカ、ひさしぶり! 元気そうだね。毛も生えそろった?」
「鳥のヒナかよ。そうだな。表現するなら、ワイルドなママルカから元のシティボーイ・ママルカになったと言ってくれないか。」
「相変わらずわけわかんないこと言ってるよなあ。」

ニ年ぶりの会話がこれだ。
おれたちほどの親友ともなると、「キャー! 久しぶりー!」と抱き合ってピョンピョン跳ねたりなどしない。
女は儀式のようにキャーヒサシブリーをやるが、正直おれはあのノリが理解できない。

「おまえな、自分がしでかした大きな間違いに気付いているか?」
「へっ?」

きょとんとしている。どうやら本当にわかっていないらしい。
おれはテーブルにおいてあるメニューのロゴの部分をとんとんと指で叩いた。

「これはなんて書いてあるのかな? んん?」
「び…びするく? 違うな。ビスマルク。」
「それがここの名前だな? おまえが指定したレストランの名前は?」

緑の瞳が驚きに見開かれ、猫耳がぴょこんと立った。

「えっ? ここ、ビスマルクっていうのか! ずっとドラクロンだと思ってた!」
「全然一致してねぇじゃねえか! なんでそうなるんだよ!」
「さあ…?」

ちゃんと考えているんだか、いないんだかわからないような様子で頭を傾げる。どうしてそうなるか自分でもよくわかっていないらしい。
まあ、半分動物みたいなやつだから(決してミコッテをバカにしているわけじゃない)、たぶん場所とかニオイとかで識別しているんだろう。うん、面倒だからそういうことにしておこう。

近くを通りがかった店員を呼んで、さっそくいくつかの料理を注文する。
この店もよく通ったもんだから、勝手知ったるもんだ。

「しばらくリムサに滞在するんだって?」
「ああ。商談をまとめるまで帰らないぞ。旅費を浮かせるためにおまえの下宿に泊めてもらうからな。」
「またそれかよ。」

露骨に嫌そうな顔をされた。そういや、シグのおっさんもムサシの家に転がり込んで、しばらく同居してたとか聞いたことがある。おっさんと同居というのはたしかにうすら寒い状況と言えなくもない。

「いや、別にさ。ママルカがイヤってわけじゃないんだよ。ただその、シグがうちにいたときにイビキがすごくてさ…。」
「あのおっさん、寝ててもうるさそうだもんな。」
「耳に綿を突っ込んでもものすごい爆音が聞こえてくるんだよ。何度かブチ切れて夜中に蹴りに行った。」
「安心しろ。おれはチャチャピの証言だとイビキはかかない。ただし屁をこく。」 
「それもイヤだな…。」
「バカいえ。屁は生理現象だぞ?」

ふうむ、よほど下宿に人を入れたくないのだろうか。何か隠し事でも?
よし、面白いからあとでベッドの下を探ってやろう。さあて、何が出てくるかな。

「ノノルカ商会は儲かってるんだろ? ちゃんと宿をとればいいのに。」
「うちの経理担当が経費を節約しろっていつもうるせーんだよ。まあ、おかげでおれが無駄な浪費をせずに済んでいるわけだが。」
「ママルカは小さいくせに冬眠前のクマみたいに食うしな。」
「人生を彩るのは食と恋とユーモアだからな。ところで、おれ、来年の春にはパパになるらしい。」
「えええ!」

ショックを与えちゃならんと思ってサラリと話題に混ぜたのに、いきなり素っ頓狂な声をあげられた。
周辺の客がぎょっとしてこちらを一斉に振り向く。そりゃそうだ。

「ママルカが…パパルカに!?」

悔しいかな、このへんのセンスは一緒だと感じることがある。ウマが合うのもそういった理由からだろう。
おれは腕組みをして得意げにニヤリと笑った。

「いいだろう。可愛いおれさまとチャチャピの子だから、きっとねぎぼうずみたいに愛らしいぞ。おまえのことはムサシおじさんて呼ばせてやるからな。」
「おじ…いや、それはやめてくれないかな…。ともかくおめでとう。なんだか俺まで嬉しいよ。」

レストランの給仕が山ほどの料理を運んできた。
リムサ・ロミンサは海に囲まれた国だから、新鮮な魚介類が豊富だ。とにかく安くて美味い。
おれが特に気に入っているのは、オリーブオイルとニンニクで魚介を煮込んだ料理。エールをちびちび飲みながら魚介をつつき、オリーブオイルにバケットをべちょべちょと浸して食うのが最高に美味い。おまけに、一緒に煮込んであるニンニクを食べると最高に芳しい屁を放つことができるのだが、このあと取引先への挨拶まわりに行く予定があるからニンニクは勘弁してやるか。

「しかし、子どもみたいなママルカに子どもがねぇ…。」
「子どもみたいってのは余計だぞ。愛らしいのはたしかだけどな。」
「はいはい。」

料理をつつきながら、ムサシがずっとニヤニヤしている。
きっと、子どもが生まれてからも相変わらずチャチャピにどやされているおれを想像して楽しんでいるんだろう。まあ、だいたい合ってる。

「子どもに汚い言葉を教えこむなよ? 俺、ドリスの前で何度か口を滑らせて叱られたんだから。」
「無理いうんじゃない。おれから汚い言葉をとったら何が残るんだ。綺麗なママルカか? やめてくれよ、想像もできない。」
「綺麗なママルカは薄気味悪いから俺もイヤだな…。」
「どういう意味だよ。失礼だな。」

それからおれたちはつまらない冗談を言い合ってゲラゲラと笑った。
おれたちの会話なんだが、基本的にこんな感じだ。喧嘩みたいな掛け合いになることも多いので、知らないやつに仲裁されてしまったことさえある。
お互いに罵ったり、どやしあったりすることもあるが、そういうのが心地良くてついこうなってしまう。
これって、どんなことを言っても相手が笑って許容してくれるとわかっているからなんだよな。つまり互いに甘えてるってことだ。

ムサシは基本的におれがなにを言ってもニコニコ笑って楽しそうにしているが、どういうわけだが、急に寂しげな顔をすることがある。
それは知り合ったときからそうで、荷運び場のみんなで飲み食いして騒いでいるときにも、いつの間にか離れてひとりでさみしそうにしているのを見た。
賑やかなのは嫌いではないらしいが、孤独癖があるらしい。リムサに行くとか言い出したときはまた悪い癖が出たと思ったもんだ。

「なあ、おまえさ。自分は天涯孤独の身の上だなんて思ってるのかもしれないけど、おれとチャチャピはおまえのこと家族だと思ってるし、親方だってそうだぞ? ウルダハはおまえの故郷でもあるんだ。遠慮しないでたまには帰ってこいよ。」
「うん。そうだね。ありがとう。」
「冒険者家業はどうなんだ? また誰かに虐められてたりしないか?」
「またブルみたいなやつに目をつけられてないかってこと?」

ムサシは苦笑して肩をすくめた。

「そりゃあ…なんだか変な目で見てくるやつはたまにいるよ。でも、シグに格闘術を仕込まれたから、丸腰でも自分の身を守れるようになったかな。」
「ほう…たとえば?」
「サウナに行ったら俺の尻尾をやたら触ってくるおっさんがいたんで、反射的に裏拳で殴ったら鼻血吹いて気絶しちゃった。」

とんでもねぇ。
こいつの背後に立つときは気をつけよう…。

ふうむ、サウナか。そういえばリムサ・ロミンサは船乗りが多いもんで、公衆浴場があちこちにあるんだった。
ウルダハと違って水も豊富だし、そこは素直に羨ましい。そういや、ブロンズレイクや秘湯にも久々に行きたいなぁ。

「リムサは水が豊富だから良いよな。温泉も出るし。おれ秘湯に行きたい。」
「秘湯? ブロンズレイクじゃなくて?」
「ああ。外地の奥のほうだ。」
「行ったことないなあ…。」

どういうことだ。この風呂好きが秘湯を知らないだと?
行く暇もないほど修行や冒険家業が忙しいとは思えないけど。

「まさかお前に限って勉強で忙しいとか言うなよ?」
「どういう意味だよ。」
「さっきもなんか分厚い本を読んでたじゃん。」
「ああこれ? 巴術の初歩教本。」
「は? 斧術士の修行をしてるんじゃなかったっけ?」
「そっちもしてるよ。巴術のほうは…ちょっと…。」

ゴニョゴニョ言って目をそらす。
嘘がつけないやつだから態度でまるわかりだ。
怪しい。とてつもなく怪しいぞ…。

「ふむ。まあ、いいか。よし、腹もいっぱいになったことだし、とりあえずオマエの下宿に連れてけ。」
「ええー?」
「えーじゃない。」
「うーん。」
「うーんじゃない。」
「はあ…。ちょっと居心地悪いけど、我慢してくれよ?」

…というわけで、なんだかすごく嫌そうにしているムサシに連れられてきたのは、船員や駆け出し冒険者が多く暮らしている下宿のひとつ。
外観は石造りの見張り櫓のようで、まるい塔にポツポツと窓があるのが見える。
荷物を抱えてやつの後ろをついて行ったら、どんどん階段を下りていって、到着したのがまさかの地下室。

「は? 地下? 部屋が地下?」

おれが露骨に驚いたら、さすがのムサシも不機嫌そうな顔をした。

「しょうがないじゃないか。適当な部屋がなかったんだし。寝るだけからいいんだよ。」
「おまえ、ネコ野郎だからってバカにされてんじゃないか? このへんの家賃相場とか、調べたか?」
「そうば?」

家賃は知っていても相場は知らなかったか。駄目だこれは。
あとでおれが調べて、もしなんなら引っ越しも手伝ってやらにゃ…。

ムサシが荷物を抱えたおれのために扉を開けてくれたので、おそるおそる部屋の中を覗き込む。
男のひとり暮らし、しかも地下室だ。キノコの一本やニ本生えていたっておかしくない。
キノコならまだいいが、腐った食べ物が放置されて蛆虫が沸いていたり、適当に脱ぎ散らかして妙にしっとりした服がすえた臭いを放っているかもしれない。それだけならまだしも、服からキノコが生えてたりしたらもう最悪だ。おおう、考えただけで背筋がぞくぞくしてきたぜ。
よく考えたらそれは昔住んでいたおれ自身の部屋の記憶なわけだが、おぞましい想像に反してムサシの部屋は拍子抜けするほどなにもなかった。

中には質素なしつらえのベッドが一台。それから古めかしいランプが乗った小さなテーブルと、ボロっちい椅子が一脚。物入れは木箱のみ。着替えなんかはいったいどうしているのか、ぱっと見ではわからない。本当に寝るためだけに帰っているらしい。
しかし地下だから窓がないし、部屋の中が暗くてなんだか息苦しい。でもこれ本当に部屋? 地下牢の間違いじゃない?

とりあえず適当な場所に自分の荷物をおろして、さてどこに腰を落ち着けようかと思ったが、椅子に飛び乗ったら壊れそうだし、他に座るところといったらベッドしかないわけだ。というわけで、おれは当然のようにそっちに座ろうとして、ベッドの下の暗がりでピカリと光るなにかに気づいた。

ん? なんでベッドの下に明かりが? と、思って覗きこんだら、それはもぞもぞと動いたかと思うと、だんだんとこちらに迫ってくる。
呆然としているおれの目の前にひょっこりと出てきたのは、全身が青く光り輝き、額に赤いルビーのような宝石をのせた謎の生き物だった。鼻をヒクヒクさせておれを見上げている。

「な…な…! なんだこれー!」
「さあ?」
「さあって、オマエ、これ飼ってるんじゃないか!?」
「よくわからないんだけど、気がついたらいた。」
「なんだそりゃーッ!」

おれを部屋に呼ぶのを渋った理由がこれか?
よくよく見ると、そいつの身体は陽炎のようにゆらめいていて実体がなかった。
幽霊? 幻? いや、違うな。なにか聞いたことがあるような気がする。異世界から呼び出して使役するための生き物がいるとかなんとか…。

「悪さしないから別に良いんだけど、寝るときに眩しくてたまらないのがちょっと困る。」

そういう問題か? ズレてる…。なにかが激しくズレてる…!
もともと順応力の高いやつだと思っていたが、突然出てきたというわけのわからん生き物と普通に暮らしていたのか。
狼狽えているおれを尻目に、ムサシがいきなり大あくびをした。

「ふあー、もうダメだ…。ごめん、ちょっと寝る。」

ベッドにぱたりと倒れこみ、そのまま眠ってしまう。
おれはぽかんとしたまま立ち尽くすのみ。

「はっ? え? おい?」

試しにムサシを揺すってみたが、すうすうと寝息をたてるばかりで目を覚ます気配もなかった。なんだこりゃ。
謎の生き物はといえば、ルビーのような赤い瞳でおれのことをじっと見ているだけ。
たしかに眩しい。こいつのおかげで明かりがいらない。しかし、まだ夕方にもなっていないのに?
ううーん、こりゃ商談以外にもやることが山程ありそうだなぁ…。

→番外編第2話「秘湯とおれとネコとネズミ」


あとがきと裏話

まずは最後までお付き合いいただきありがとうございます。
わりと長めの話をきっちり完結させたのは、これが生まれてはじめてではなかろうか。

話はヒカセンとなったムサシの視点で過去を語るというスタイルにしました。
あくまでもムサシ視点なので、やつが知り得ない情報はでてきませんし、難しい言葉もわかりません。
一人称視点はさくさくと書きやすい一方、「知らないことは語れない」「見えないことは書いてはいけない」という制約があるので、辻褄合わせするのが大変でした。
子供のころの話が断片的で、大きくなるにつれて詳しくなっていくのは、直近の出来事のほうが記憶に新しいからです。

ジュヴナイル小説が好きなので、文体もそれっぽいのを意識しました。
FF14の世界が舞台ではありますが、ゲーム用語を出すことは極力避けました。
しかし、ムサシがミコッテゆえに、肝心のミコッテの説明だけがうまくできなかった。自分にとってあたりまえのことを一人称で説明させることの難しさというやつです。いま書いておくけど、ミコッテは猫耳と尻尾がある種族。以上。

では、基本骨子となった設定と、それにまつわる裏話など。

■名前はムサシ

実は旧FF14もプレイしていたのですが、実はそのころ、ミコッテのオスは世界に存在しませんでした。
新生FF14のβに当選したとき、ミコッテのオスが作れると知り、同時期に猫ムサシを拾ったので、ならばということでムサシを擬人化してキャラメイクをした次第です。

「ムサシ」という名の由来は武蔵野であり戦艦です。
ただ、それをエオルゼアの世界に持ってくると、ミコッテの命名規則からは外れてしまう。
和風の名前は東方由来ということにして、では何故その名前をもらったかということを考えよう。よし、ヒューラン夫妻に拾われて養子になったというのでどうだ…? という順序で決めました。なお、ミコッテとしての名前は面倒くさいので考えてないというのが真実。

■ウルダハが舞台

グリダニアの森の中にある集落で生まれ、陸路でウルダハに移動、のちに冒険者としてリムサデビューしたということにしました。
βではウルダハスタート、しかも格闘士だったので、すぐさまサブリガ戦士になるんだよなこれが。

■泥の中に落ちてた

猫ムサシがモデルなのでこの設定も使いたい。ウルダハの貧民街なんてよろよろの泥団子でたどり着くにはいい場所ではありませんか。だが、中央ザナラーンに雨が降らなさすぎて困った。結局、撮影は諦めてPhotoshopで雨を描くはめになりました。
そういや観光手帳で雨のザナラーン(高難易度)という指定のやつがあり、かなり苦しめられたものです。

■サンシーカーである

本サービス途中まで牙が欲しくてムーンキーパーだったんですが、幻想薬を配布されたときにサンシーカーに転生。ハーレムを作るのはサンシーカーのほうと聞き、ここについてはどうしようか悩みましたが、別にムーンキーパーがハーレムを作ってしまっても構わんのだろう?

夜の森の中で母親らしきミコッテに手を引かれて必死に走るシーンというのは夢で見て(ちゃんと子どもの視点で、手をグイグイ引っ張られてしんどかった)、なるほど、なにか逃げる理由があって逃亡したんだなということにしました。逃げる理由が長の子殺しというのは後から考えた設定です。

自分は「不思議な力に選ばれし人」「超人的な能力」「実は王族関係」「偉い人の知り合い」みたいな主人公補正のある設定が苦手なので(ヒカセンのことか?)、どうしても理不尽なイジメを受けていたり、やたらと不幸だったりする努力家の主人公になりやすいです。ジュヴナイル小説といえば主人公の成長物語なので、そのような苦難を乗り越えてきたほうが感情移入できるんじゃないかと思います。

ムサシは自分のアバターですから、性格などの設定は作ってません。やつが勝手に動くままにしました。なんか泣きすぎのような気がしないでもないですが、子どものころにひよこ饅頭を食べるのが可哀想といって泣いたらしいので、そのへんはお察しください。やたらと犬猫を拾ってくる優しい子でもあったそうです。そういえば、拾ってきた子猫が弱っていて死んでしまい、「助けられなくてごめんね」と大泣きしながらお墓を作った記憶があります。子どもの無力さを痛感した出来事でした。
大人になってからは立派な猫飼育士となり、死んだ子猫への罪滅ぼしとして存分に猫を救っています。

特に苦労が多かった十~二十代のころを思い出しつつ、人生の先輩方にかけられた言葉の数々なども使ってみました。なかなか良いこと言われてますね。

ママルカがいるときはそうでもないんですが、彼がいなくなってから真面目な話が続いてさすがに疲れたので、エピローグはFF14の冒頭シーンのパロティにしました。リムサ出身で斧術士を選ぶとむき出しの手斧を背負って現れるのがシュールすぎた。
いつか風呂つきの家に住みたいなあ、と、思っていたりしますが、数年後には地下に健康ランドがある大豪邸を購入するなど、このときは夢にも思っていないのであった。

では、話の中で書ききれなかったことについて。

★ママルカ氏について

やつは当初、ただの同僚のララフェルであり、こんなにでしゃばる予定はありませんでした。
名前をつけてしまったばかりに、主役を食う勢いのキャラになってしまった…。どうしてこうなった?

★話の長さについて

当初は五話くらいで考えていて、養父養母が亡くなったのでリムサデビュー、ということまでしか考えていませんでした。
そう、第七霊災のことをすっかり忘れていたのです。三十年前くらいの出来事だと思うじゃん? まさかの五年前じゃん?
で、どうせ苦労するならもうちょっと世間の荒波に揉まれようね、ということで、いろいろと酷い目にあわされた。

某所に監禁されるエピソードは、まさに自分が会社にたびたび監禁されていたことが背景になっているんですが(ひでぇ)、このときリアルに言われた「家に帰れるなんて甘っちょろいこと考えんなよ!?」は心が痛くてどうしても盛り込めませんでした(笑)。
そろそろ修羅場かなー、監禁されそうだなーと思うと、自分で荷造りしてリュック背負って出社してました。
家が遠くて帰るのも面倒だったし、そもそも素材が届くのが夕方以降、だけど納品は翌日、みたいなパターンが非常に多かった。
会社で仮眠するときはたいてい床に転がって寝てましたが、空気が乾燥しがちで喉をやられるので、試しに段ボール箱に毛布を敷いて寝床を作ってみたところ、たいそう快適でした。
目が覚めたら段ボール箱にムサシの家と書かれていたのも、今となっては良い思い出です…(いじめか?)。
掃除の人に驚かれたり、警備の人が駆けつけてきたことなんかがありました。
仕事は楽しかったんですが、さすがに身体を壊したので、もうこの手の仕事は無理。

★結局かーちゃんどうなったの?

彼女の目論見どおり囮になり、追跡者に瀕死の重傷を負わせて討ち死にするという壮絶な最後を遂げたみたいです。
ムサシはヒカセンになってからようやく訪れるのですが、ドライボーン近くの教会に葬られています。

かーちゃんの致命傷になったのは「壊死性筋膜炎」という感染症。素足で泥だらけの何かを踏み抜いちゃった、みたいな状況で起こりえるもので、もしなってしまった場合、患部をごっそりそぎ取るか、怪我した部分ごと切り落とすかしないと命に関わります。「人食いバクテリア」なんて言われますが、実はそこらへんにいる細菌が引き起こす怖い感染症です。ググッて写真を探したらダメだぞ。

★ブルはなんでムサシを暴行したの?

あいつ馬鹿なんで、親方に贔屓されてるムサシがずっと憎たらしかったんですね。
あとリジーがいっているように、ちょっとちょっかい出してみてぇな、みたいに思っていました。
ママルカは大人だし賢いので手出しできないのですが、ムサシ単独ならいてこますことができるだろうと企んだ結果、ああなりました。取り巻きと共謀していたわけですが、取り巻きはまさかあそこまでやらかしてしまうとは思っていなかったらしく、途中でビビって逃げています。
ブルが調子こいてしまったのは薬をキメてた影響と、もともとあった嗜虐心のせい。薬が切れたのと賢者タイムのせいでお縄となりました。お疲れ様でした。

★ドリスの病気はなんだったの?

進行性の心筋症を患っていました。
発作が致命的というのは実際にもそうで、薬や手術などで抑制するのが一般的です。
エオルゼアにはペースメーカーを埋め込むという手段がないので、死にゆく病だったのではないでしょうか。

★なんでお母さんて呼ばなかったの?

これが自分でも謎。どうしても呼べなくて、「なんで呼んでやらないんだコイツ」とまで思っていたんですが、たぶん自分が同じ立場でも呼べないと思います。本当の母の消息がわからないうちに別の人を母と呼びたくなかったのかな、みたいにも思っていますが、最後の最後になって「どっちもかーちゃんじゃん!?」と、ようやく気づくっていう。
死んでから後悔しても遅いんだけど、きっとドリスもわかってくれているはず。

★リジーは無事なの?


彼女、実は幼い妹と弟がいるのですが、あるとき客に惚れ込まれて求婚されます。
実はそれはムサシがヤギ乳をもらっていた農家の次男坊でした。
「君の妹と弟も一緒に家族になろう!」という口説き文句にころりとやられ、彼の独立を機会にウルダハを出て農家のおかみさんになるのです。ヤギ乳がふたりの仲を取り持ってしまったんですね。
第七霊災のときは妹と弟を連れて別の聖堂のほうへ避難していたため、ムサシとは会いませんでした。

★なんで身売りしたの?

「ニーア・レプリカント」のニーアでも公式設定としてありますが、子どもが盗みなどの手段以外でてっとり早く金を稼ごうとしたら、これくらいしかないよなぁと思ったからです。ミコッテ男子なんて珍しいし、買い手はいくらでもつきそうじゃないですか?
なお、エオルゼアでは売買春はタブーではなく、男色は文化人のハイソな趣味だという設定です。ゆえに高級娼館でのニーズがあるわけです。
このへんはGame of thronesの世界観に影響されています。Game of thronesはエロくてえげつなくて暴力的なところが最高なので是非見てください。

★カメオ出演のシグさんについて

シーグフリード氏の中の人(@hauted_666)さんとはTwitterでのお付き合いで、FF14では鯖違いです。
濃ゆいキャラ設定を持っていらっしゃるので、こちらの世界軸とうまく重なりそうな人をお借りして、カメオ出演してもらうことにしました。
キャラ設定を一読しただけだと物足りなかったので、先方のサーバにこちらがキャラを作り、突撃インタビューを敢行。「なりきりで答えてください!」という無茶振りにも快く応じてくださり、そのとき閃いたのが「酒場で意気投合して酔っ払って寝ちゃう」というエピソードだったんですが、話を書いていったらシグが勝手に飲み比べ勝負なんて言い出しやがりました。

その他、オッドアイの片目が拷問によってやられたもんだと言い始めたのもシグ本人ですし(これはさすがに確認をとって了解してもらった)、ぶっ殺したいほど憎んでいるジェルモンを巧妙に脅したのも彼自身です。なお、「ジェルモン」の名前も咄嗟に考えてもらいました。
キャラ設定がしっかりできていると、世界観にあわせて勝手に行動しはじめるのが面白いところです。こういうのを筆が乗るというのだろうか。



では最後に、話を書くにあたって影響を受けた本をご紹介。

アン・マキャフリイ「歌う船」シリーズ
頭脳船(ブレインシップ)と操縦士(ドローン)のバディものというSF小説の金字塔。
お話ごとにいろいろな作家が共著で参加していますが、特にラッキーとの共著である「友なる船」は、バディもので恋愛ものというこそばゆいストーリーで、最高に良かった。

マーガレット・ワイス&トレイシー・ヒックマン「ドラゴンランス戦記」シリーズ

Dungeons & Dragonsとの設定を基盤とした長編小説。
魔法使いは病弱でよくないことを企んでいる、ハーフリングはイタズラものでろくなことをしない、戦士は脳筋でバカみたいなステレオタイプはこの作品が発祥のような気がします。(ロードス島戦記もこれの影響が強いよね)

R・A・マカヴォイ「魔法の歌」三部作
魔法使い見習いの青年、裸足の魔女、天使の話。
驚くなかれ、三部作の途中で主人公が流行病にかかって死にます。
裸足の魔女サーラがコケティッシュでとにかく登場からずっと可愛い。恐ろしく年老いているっぽいですが、平気で全裸になっちゃったりするのがまたいい。

マーセデス・ラッキー「ヴァルデマール年代記」シリーズ
このシリーズの最初の作品「剣の誓い」は女傭兵二人組の話で、世界観も独特で痛快。
「血の誓い」はこの作品が元ネタです。
同性愛のコンビなどが普通に登場するのがとても海外作品らしい。

小野不由美「十二国記」シリーズ
説教臭いストーリーと読後感が爽やかな異世界ファンタジー。
シリーズでは「図南の翼」が一番好きで、繰り返し読んでます。もうね、俺が麒麟だったら「主上ーッ!」って叫んで珠晶に跪きにいっちゃうからね。
しかし死ぬまでに完結させてくれるんだろうか…。

上橋菜穂子「精霊の守り人」シリーズ

中年女性の短槍使いが主人公という珍しいタイプの異世界ファンタジー。
チャグム王子が主役の話もありますが、彼のたくましい成長ぶりが微笑ましい。
また、戦うヒロインの相方には料理が得意で薬師の男性がいて、これまたいい味だしてます。

萩尾望都「残酷な神が支配する」
義父に虐待されて壊れていく少年の破滅と再生の話。途中から何故か義兄とのラブストーリーになりますが、そのあたりの心理描写はさすが天才・萩尾望都だった。



エピローグ

『愛するチャチャピ、それからムサシ。
これを読むとき、おれはもうこの世にいないだろう。



チャチャピ、おれの太陽。咲き誇る鋼鉄のヒマワリよ。
君に平手打ちを食らった瞬間、おれは君にぞっこんになった。
君が結婚を承諾してくれたときには、騙されているんじゃないかとさえ思った。
出会ったとき熟女が好きっていったけど、あれは「君が熟女になっても好き」という意味だ。
熟女じゃない君も最高だ。まな板最高。まな板に永遠の祝福あれ。

ムサシとおれの仲が良すぎて嫉妬していた君も綺麗だ。嫉妬は君を輝かせるんだ。
マイスイートハート。君の作った熱々のミートパイが恋しいよ。
できれば焦げてないやつで頼む。

ムサシ、おれの親友。
親方から紹介されたとき、なんだこのネコ野郎って思ったけど、お前は最高のパートナーだった。
いつも一緒にクソくだらない話題で盛り上がったっけな。
ブルにヤギのクソを食らわせるアイデアはバカバカしくて最高だったぞ。

せっかくだから、正直に告白しよう。
お前がやつに暴行されて目覚めなくなってしまったとき。
伏せた睫毛が長くて、端正な顔立ちをしているなと思った。
ネコ野郎なのに眠り姫みたいだった。
おれとしたことが、ネコ野郎にうっかりトキめいてしまった。
どうしよう、おれにはチャチャピという最愛のハニーがいるのに! 静まれおれのハート!

まあ、それは冗談だけど。
お前はけっこうイケてるぞ。もっと自信をもて。
いつかチャチャピみたいな太陽が現れることを祈ってる。
じゃあな相棒。』



「ひ、人の遺書を音読するのはやめろおー!」

顔を真っ赤にして叫んだのは、誰あろうママルカ本人だった。

ぶっちゃけよう。あろうことか、ママルカは生きていた。
不滅隊に入ってウルダハを守るといって出ていき、そしてそのまま戻らず、マナの奔流に還ったと思われていたママルカが、なんと、ある日ひょっこり帰ってきた。
以前よりさらに色黒になり、 髪型はモヒカンになり、しかもヒゲまで蓄えているが、間違いなくママルカだ。

帰還までに何故二年以上かかったのかというと、これがまたママルカらしい間抜けな話だった。
カルテノーの惨劇が起きたまさにあのとき、ママルカは戦場で伝令として走り回っていた。
リンクシェルが使い物にならず、走って命令を伝えよなどと無茶振りされ、必死で戦場を駆けまわっていたそうなのだが、上空で忌まわしき黒竜が生まれた瞬間、でこぼこに躓いて盛大に転んだ。
猛烈な熱風が背中と尻を焼き、あまりの衝撃で気絶して、目が覚めたらあたりはすべて焼きつくされていたらしい。
周りにひしめいていた兵士たちが爆風を遮ったために燃え尽きないで済んだらしいが、とにかくあたりは壮絶な有様で、ママルカともあろうものがショックで記憶喪失になってしまったそうだ。

話を数日前に戻そう。
ママルカは唐突にチャチャピの家に現れて、開口一番、こういった。

「後頭部の毛が生えなくてまいったよ。背中も火傷したし、おれのプリケツが残念なことに…。」

たまたま俺は刈入れの手伝いにやってきていて、チャチャピの家族とともに休憩をとっているところだった。
突然の生霊の出現に、虚をつかれて誰もがきょとんとした。感動の再会とはほど遠かった。

「こ…この馬鹿ーッ! 二年以上もどこで何してたのよーッ!」

真っ先に反応したのはチャチャピだった。
助走をつけながらママルカをひっぱたき、ママルカが弧を描いて綺麗に吹っ飛んだ。
俺とチャチャピの家族が止めに入らなかったら、鼻血を吹くまで殴るのを止めなかっただろう。

そこでママルカが渋い顔で語ったのが、ママルカ記憶喪失事件だ。
生き残って北ザナラーンのキャンプに帰還したママルカだったが、火傷の治療のため、いったんクルザスに送られたらしい。
クルザスの治療院で半年ほど療養をして、そろそろ帰還してもいいと許しがでたらしいのだが、そのときには自分の名前はおろか、チャチャピのこと、俺のことも綺麗さっぱり忘れていたそうだ。

「それでおれは考えた。どうせなら思い出すまであちこち行ってみようとな…。」
「なにカッコつけてるのよ! 不滅隊なんだからウルダハ出身のはずでしょ! ウルダハに帰ればいいじゃない!」
「まさかこのおれに家族がいるなんて思ってなくて…それについては、本当にごめんなさい。」

素直にペコリと頭を下げる。
で、ママルカはクルザスからリムサ・ロミンサに足を伸ばした。
特に理由があったわけではなく、単なる好奇心からだったそうだが、ウルダハとは大きく異なる風土と文化に圧倒されたそうだ。

「記憶が戻ったのは、リムサ・ロミンサでミコッテの男と知り合ってからだな。」

ママルカいわく、リムサ・ロミンサはウルダハよりもミコッテが多かったらしい。
海賊稼業には風来坊の気性が合うのか、単独行動が多いミコッテの男もそこそこ見かけるほどにいるらしく、そのうちのひとりと交流を深めるうちに、急に俺のことを思いだしたそうだ。

「そういえばおれ、前にも猫耳男の相棒がいたような…って思い出すようになってさ。そしたら、芋づる式に記憶が戻ってきて。そんで、あわててウルダハ行きの船に飛び乗ったんだ。おれんちに他人がいてビックリしたけど、こっちにくれば君に会えると思ったから。」
「またそれ!? またムサシがきっかけなの! 私が再婚してたらどうするのよ! このバカ!」

チャチャピが怒ってふたたびママルカをひっぱたいたことは言うまでもない。
今度ばかりは誰も止めに入るものはいなかった。
ひどく殴られてはいたものの、ママルカはどこか嬉しそうにしていた。
どこまでも壮絶な夫婦だ…。

以上が、ほんの数日前の出来事。
そしていま、俺たちはシルバーバザーにいて、ママルカの遺書を声高く音読したのはチャチャピだ。
ママルカが帰還してから、俺がずっと保管していたママルカの遺書をチャチャピに渡したから。

「やめろ…やめてくれ…。おれが悪かった…。」
「あんたって本当に最低よね!」
「何度も言うようだけど、君って最低だよな…。」

これには親友の俺も同意せざるをえない。
まさか遺書の内容がアレとは…。

「ううっ…お前ら鬼か…。せっかくおれが無事で帰ってきたのになんと酷い仕打ち…。」
「まあ、絶望の中でもユーモアを忘れないのが正気を保つ秘訣ともいうからな。」

一緒に来ていたシグがさらりと助け舟を出した。
ママルカという男を深く知らないから仕方ないことだが、それは買いかぶり過ぎだと思う。



今日は俺の船出の日だ。
これからリムサ・ロミンサへ旅立つ。

新しい任務でウルダハを離れることになったシグが、俺に冒険者になることを勧めてくれた。
ママルカが帰ってきたから荷運び場の仕事も大丈夫そうだし、親方に相談したら「広い世界を見てこい」と賛成してくれた。
すぐに決心がついた。行き先は自分で決めた。
ママルカ、チャチャピ、シグの三人が、わざわざシルバーバザーまで見送りにきてくれていた。

荷物はなめし革のカバンひとつだけ。
コツコツ貯めてきた金で丈夫な服とブーツを仕立ててもらい、住んでいた家は引き払った。
上着はシャツとベストに分かれていて洒落ている。ズボンは膝の下で引き絞ってあって動きやすい。
仕立屋いわく、ミコッテ風デザインだそうだ。



ふうん、ミコッテ風ねえ…。
ミコッテはずいぶんとお洒落なんだなあ。俺はこんなの知りませんでした。
さっそく袖を通したら、シグにはよく似合ってると言われたけれども。

大金を持ち歩くのは不安だったので、残った金はママルカに預けた。
ママルカはあれからリムサ・ロミンサと取引をはじめ、それなりの売上をあげているようだ。
近いうちにノノルカ商会を設立すると張り切っている。商才のあるママルカなら成功するだろう。
預けた俺の金も増やしてやると息巻いている。
そうだな、本当に預けた金が増えたら、俺、でっかい風呂がある家に住みたいな…。

「せっかくおれが戻ってきたのに、今度はおまえがあっち行っちゃうのか…寂しいな。」
「商会を設立したら仕事でリムサにくることもあるだろ? またすぐに会えるよ。」

無計画のまま飛び出すことになってしまったが、まあ、あちらでなんとかなるだろう。
シグが知り合い宛に紹介状を書いてくれたので、まずは斧術を習ってみるつもりだ。
それから、釣りというのにも挑戦してみたい。
海に糸を垂らしているだけで魚が釣れるなんてはじめて聞いた。

「おう、ムサシ。これは俺からの選別だ。もってけ。」

シグが腰のあたりをごそごそして、あろうことかむき出しの手斧を渡された。
両手で受け取ったものの、きょとんとしてしまう。

「…これから船に乗り込むのにこれ? 俺、危険人物すぎない?」
「安心しろ。当たり前のような顔をして背中に背負っていれば大丈夫だ。俺が保証する。」

革紐がつけてあったので、シグに勧められるまま手斧を背負った。
次にママルカがまるごとのスイカを渡してきた。

「これは俺たちから選別だ。船の中で食えよ。」
「船の中でおもむろにスイカ割りをしろと!? 君ら、絶対にネタ合わせしてるよね?」

我慢できずに突っ込むと、ママルカ、チャチャピ、シグ、三人揃って否定したが、チャチャピが堪えきれずに口元を歪めるのを俺は見逃さなかった。
背中に手斧、片手にスイカを抱えて船出とは間抜けもいいところだが、せっかくもらったんだから大切にしよう…。

シルバーバザーからは小舟に乗り、沖に停泊している船に乗り移る。
大丈夫だとあれほど太鼓判を押されたのに、船頭に斧むき出しはやめろと咎められた。
あやうく船に乗せてもらえなくなりそうだったが、言葉を尽くしてなんとか船頭を説得した。
これは大切な親の形見で…亡くしたら先祖から呪いが…とかなんとか、身振り手振りまで交えて必死の言い訳をしてしまった。

チラリと船着場をみたら、腹を抱えてシグが爆笑している。その横では、ママルカとチャチャピも一緒に大笑いしている。
最初からこれも狙っていたのか!? くそっ! まんまとおもちゃにされた…!
そう思ったのに、俺もつられて笑ってしまった。おかしすぎて、涙がでた。
大きく手を振ると、彼らも大きく手を振って返してくれた。



きっとまた会える。

ユーモアは絶望の中の希望だとママルカは言った。
ほんの少しでも希望を持ち続ける限り、俺が絶望に飲み込まれてしまうことはないだろう。

砂漠の国に、潮風が吹き付ける。
振り仰ぐと、ウルダハの空はどこまでも高く、青く、天空には清涼な風が吹き渡っていた。

(fin)

⇒あとがきと裏話



第十二話「天空を渡る風」

後にいう「第七霊災」の爪跡は、エオルゼア各地に残った。

ウルダハは上層部が大きな被害を受け、国のシンボルでもあった美しい尖塔がいくつも失われた。
建物の倒壊、火災によって多くの人命が失われ、また、災害に乗じて攻めてきたアマルジャ族によって、塀の外に住んでいた流民たちの半数以上が殺された。
国中が荒れ果て、荒廃し、それまでの日常は一気に失われた。

大門の前に集められた犠牲者たちの亡骸は荼毘に付すことになった。
ウルダハでは土葬が一般的なのだが、感染症の蔓延を防ぐために火葬にすべしと通達があったのだ。
これには一悶着あったのだが、大多数の市民は理由を聞いて渋々納得し、聖職者の尽力で弔いの儀式も執り行うことができた。
ドリスの亡骸もこのとき一緒に火葬にし、俺は遺灰をレオンの墓のとなりに埋めることにした。
いつのまに自生したのか、彼女が好きだった花がレオンの墓に寄り添うようにしてたくさん咲いていた。

大災害からしばらくは国中が暗い影に覆われていたが、やがて人々は日常生活を取り戻すために立ち上がった。
復興計画はすみやかに策定され、商業組合の手によって仕事を細分化されて、街の掲示板には復興関係の仕事が多く貼りだされるようになった。
皮肉にも、ウルダハを襲った悲劇が行き場を無くした流民たちに仕事と住処を与え、市民との垣根も取り払うことになったわけだ。

親方は荷運び場を再開した。
混乱期に最も必要とされているのは物資の安定供給だから、こちらも仕事に事欠くことがなかった。
俺は親方の片腕として昼夜を問わず働き続け、そして体に限界がくると家に帰って死んだように眠った。

それから一月もすると、戦地からぽつぽつと負傷兵が戻ってくるようになった。
不滅隊のラウバーン隊長は無事で、ほうぼうに散っていた生き残りの兵士たちを組織して帰還したらしい。
そして帰還者たちによってカルテノーで起きた出来事が語られるようになると、俺の見た幻が現実にあったことなのだということがわかった。
ダラガブから生まれ落ちた忌まわしい黒竜によって、あのとき戦場にいた人々は跡形もなく吹き飛んでしまい、そして、骨すら残らなかったのだと。


ママルカは戻ってこなかった。


チャチャピはウルダハの家を引き払い、郊外の実家に帰った。
家業を手伝って欲しいというので、ときたま彼女の家に行くことはあったが、ママルカから送られてきた遺書はどうしても彼女に手渡せないままだった。
これを渡してしまったら、俺までママルカの死を認めたことになってしまう。それだけは嫌だった。

「戦死したって知らせをもらうまでは、どこかで生きてるって信じてる。」

チャチャピは哀しそうに微笑みながら言った。俺もそう思った。
口を開けば下品な冗談ばかり言うやつだったけど、約束は一度も破ったことがなかったから。



唯一の家族であったドリスがこの世を去り、親友の生死は不明なままで、俺は第七霊災以降、ただ漠然と毎日を生きるだけだった。
そのころの日課といえば、荷運び場での仕事を終えてから、酒場に寄って飯を頼み、一緒にぬるいエールをちびちびと飲むことだった。
正直、酒の旨さはよくわからないままだったが、ママルカがいつもこれを美味しそうに飲んでいたし、酒場の喧騒は嫌いじゃなかった。
ここにいると、ママルカと馬鹿話をして笑いながら過ごしていた頃を思い出せる…。

その日もひとりで黙々と食事をして、エールを飲み干したところだった。
テーブルに代金をおいて立ち上がったら、誰かが俺の肩にぽんと手をかけてきた。

「おお? 小僧じゃねぇか! 久しぶりだな!」

聞き慣れた声に振り返ると、なめし革のコートを着たハイランダーの偉丈夫が腰に手を当てて立っていた。シグだ。
そういえば、あの朝以来ずっと姿を見ていなかったことを思い出す。
ふと、彼の前で子どもみたいに泣いてしまったことを思い出して照れくさくなった。

「その…あのときは、どうもありがとう…。」あらたまって頭を下げると、
「ん? いや、いいって。気にすんな!」

シグは相好を崩して人懐こく笑う。それから俺の背中を勢い良く叩こうとして、躊躇するような様子を見せた。

「…怪我、もう治ってるよな?」
「さすがに二月も経てば治るって。」
「そっか! ならいいな!」

そのまま馬鹿力でひっぱたかれ、思わず「いってぇ!」と声を上げてしまった。一体何がいいんだか…。
シグは愉快そうに笑いながら椅子に腰をおろし、俺にもとなりに座るよう促した。
ウェイトレスに声をかけ、二杯分のエールを注文する。なんで二杯なのかと思ったら、届けられたジョッキの片方を俺の目の前に勢いよく置いた。

「ほれ! 俺の奢りだ! 景気づけに飲め!」
「ええ…?」
「なんだなんだ、その嫌そうな顔は。俺の酒が飲めないってのか?」
「そんなことないよ。じゃ、ありがたく…。」

旨そうに大ジョッキのエールを飲み干すシグを見ながら、仕方なく俺もジョッキに口をつけた。
が、さきほど一杯飲み干したばかりだし、さすがに一息で飲み干すのは無理だ。

「ぷあーっ。一仕事終えたあとはコレに限るな! つうか、もうだいぶ飲んでるんだけどな! はは!」
「あの、シグ、おれ、酒はあんまり強くないから…あとさ、小僧はよしてくれよ。」
「だって俺、おまえの名前聞いてねぇし。」

思わずきょとんとしてしまった。

「名前、言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇって言ってるだろうが。絞め殺すぞコラ。」
「ムサシ。」

酔っぱらいに絞め殺されちゃかなわないので急いで名乗った。
今度はシグがきょとんとする番だった。

「ムサシぃ? ミコッテらしくない名前だな? それ、お前の本当の名前か?」
「ミコッテの名前もあったような気がするけど覚えてない。ムサシはもともと父さんと母さんの息子の名前なんだ。」

それで、俺がウルダハにやってきた経緯、レオンとドリスに拾われたことなどを話した。
養父がアラミゴ出身だということを教えると、シグは急に得心がいったような顔で手を叩いた。

「なるほどな。ムサシってのはアラミゴ人が好きな東方の剣豪の名前なんだよ。滅法強かったらしいぞ。」
「へえ…。」

そういえば、名前の由来はレオンも教えてくれなかったな。道理でウルダハでもあまり聞いたことがないわけだ。
シグは得意気に、その剣豪が編み出した戦法の数々や、剣技について語ってくれた。
性格と見た目で勝手に肉体派かと思い込んでいたが、意外にも博識のようだ。

「剣豪かぁ…。そういえば、シグは剣は使わないのかい。」
「剣も一応使えるけどもなぁ。」

そう言って、さらに追加の酒を注文する。いったいどれだけ飲めば気が済むんだろう。

「剣は取り上げられたらそこまでだろ? 丸腰になったらどう戦うんだ?」
「たとえば…敵の捕虜にされたときとか?」
「そう、そういうことだ。」

シグの言わんとしていることがなんとなく理解できた。
剣はもちろん強い。けれども、剣がなければ力を発揮できない。
災害に乗じてアマルジャが急に攻めてきたときのように、丸腰のまま敵と遭遇してしまうことだってありうる。
そういうときに武器になるのは己の肉体だ、ということらしい。

「シグ。…俺に、格闘術を教えてもらえないだろうか。」

ふと、思いついたことをそのまま言ってみた。
当たり前だが、俺はミコッテで、ハイランダーに比べるとずいぶんと身体が小さい。
格闘術を習ったところでシグのようにアマルジャに太刀打ちできるのかどうかもわからないが、それでも何もできないよりはマシだと思った。
テーブルに届けられた追加の酒を勢いよくあおってから、シグはこちらの目をじっと見つめた。
細められた淡黄色と紫色の双眸が、俺の本気をはかっているかのようだ。

「いいぞ。ただし…。」
「ただし…?」
「酒の飲み比べで勝ったらな。」



面白そうにニヤリと笑う。
くそっ! そうきたか! 畜生、こっちが弱いと聞いて足元見てきやがったー!

「よ、よし! 受けてたってやる!」
「俺はもうかなり飲んでるからな? ハンデくれてやってんだからな? わかるな?」

こういうことはよくあるのか、シグがウェイトレスに耳打ちすると、さっそく酒の入った大瓶と、小さな盃がふたつ、それと色の塗られた石ころがたくさん入った器が運ばれてきた。
なるほど、飲んだらこの石ころをテーブルに並べていくわけか。
さっそく互いに一杯ずつ酒を注いで、ぐっと飲み干す。エールとは比べ物にならないほど強い酒だった。うへっ。
俺の焦ったような表情を見て、シグはニヤニヤしながら小石をひとつテーブルに置いた。俺も自分の前にひとつ。

「手加減なんてしねぇぞ。お前の本気を見せてみろ。」

そういうわけで、何故か俺はいま、大勢の見物人に囲まれて、死に物狂いで酒を飲んでいる。
三杯目を飲んだあたりからぼうっとしてきて、五杯目でろれつがまわらなくなり、酒の味もしなくなった。
だいたい、なんでこんなことになっているのかさえよくわからなくなってきている。

「おかいい? みずなろに、めがあわる!」
「水じゃねぇよ。酒だよ。おい大丈夫か?」
「だい…だいろーぶ!」

全然大丈夫じゃなかった。飲めば飲むほど世界が崩壊してくる。
さっきから喋っているのは口だが、酒を飲むのも同じ口だということになぜだか違和感を感じた。あれ? あれ?
そして、お互い十杯目を一気に飲み干したところで、ついに天井がぐるぐるとまわりはじめた。
テーブルを挟んで対峙しているシグは、顔色ひとつ変わっていない。悔しいくらい余裕の表情だ。
見物人は勝手に盛り上がり、賭けまで始めている。シグに賭けているのがほとんどで、俺はもちろん大穴だ。
その人垣を割ってお団子頭に髪飾りを光らせたララフェル女性がひょっこりと顔を出した。酒場の主人のモモディだ。

「ちょっとあなたたち。景気よく飲んでくれてお姉さん嬉しいけど、そっちの坊やが今にも倒れそうよ?」
「止めてくれるな。これは男の戦いなんだ。」

俺もなにか言おうと思ったけれども、無理だ。もう無理。ぜんぜん無理。
頭がさっぱりまわらないし、迂闊に口を開けたら全部吐いてしまいそう。おえ。

「あーはいはい。わかったわ。でも倒れる前に部屋に引き上げてちょうだいね? あたしは運んであげないわよ。」

手をヒラヒラと振ってモモディは去っていった。
せっかく勝負をやめるきっかけが来てくれたと思ったのに、あっさり行ってしまうなんて。ああ…。

「わはは! 耳まで真っ赤だぞ坊主! そろそろ降参か? ああん?」
「うっ…う…、うっせーばか!」

精一杯強がったが、顔も身体も暑くてカッカするし、なんだか尻尾がムズムズしている。たぶん背中の傷も真っ赤に浮き上がっているだろう。
息苦しいし、ヤバイくらい世界がぐるぐるまわっているが、とにかく一杯でも多くシグをリードしなくてはと思い、俺は立て続けに二杯あおった。

「おい、弱いくせにムキになるなって!」
「やだね!」

バチーンと威勢よく小石をふたつテーブルに叩きつけた…のはいいが、弾みでまっすぐに座っていられなくなり、俺は椅子ごと無様にひっくり返った。
盃が転がり、酒瓶がテーブルから落ちるけたたましい音。「ほら! いわんこっちゃない!」と遠くで叫ぶモモディの声。

「あっ! こら! 小僧! チビ! まだ気を失うんじゃない!」

どこかで聞いたような台詞が聞こえる。名前を名乗ったのに、またそれかよ…。
残念ながら、俺の意識はここで唐突に途切れた。



息苦しい…それに、うえっ、めちゃめちゃ酒臭い…。
吐き気はそれほどでもないが、こめかみのあたりがガンガンと激しく痛む。
最悪な気分で目覚めると、これまた最悪な状況が待っていた。

まず、今いるのはどうやら宿屋の部屋らしい。
俺が寝ているのは、部屋に一台だけのベッド。
そして、シグが寝ているのも同じベッド。

あろうことか、シグは大の字になって高らかにイビキをかき、俺の首に太い腕を巻きつけているではないか。
ぐわ! どうしてこんなことになってる!? 苦しい! 死ぬ! 息が詰まって死んでしまう…!
太い腕を退けようと必死でジタバタもがいていたら、「う~ん…。」という声とともにシグが寝返りを打った。ようやく重い腕から解放され、あわてて上半身を起こす。が、あまりの頭痛に頭を抱えて呻き声をあげてしまった。
ふと横を見たら、シグが目をパチクリしていた。そりゃ、こんな状況なら驚きもするよな…。

「なんでお前、俺のベッドで寝てんの!? ま、まさか…。」
「ちがう!」

叫んだ途端、こめかみに尖ったものを突き刺されたような痛みが走った。
いたっ! 痛い! アタマが猛烈に痛い…!
しかし、シグがあんまり慌てるもんだから、俺まで一瞬でもまさかと思ってしまったじゃないか。
ないない。絶対にない! 知らない相手ならまだしも、知り合い相手は無理!

「いや…待てよ? 酒場でお前を見つけて、声をかけたのは覚えてる…。」
「酒の飲み比べをしたのは?」
「知らん。」

うわ…うわああああ…! なんだそりゃー! 命がけで勝負したのに、完全に忘れてる…!
急に気が抜けてしまい、俺はバタリとベッドに倒れた。ダメだ。頭が痛すぎる。なにも考えられん…。
仕事でもないのにおっさんと同衾というのはぞっとするものがあったが、この頭痛ではそうも言っていられない。

「俺が…俺が馬鹿だった…。死にたい…。むしろ消えてなくなりたい…。」
「なに!? なんでそんなに絶望しちゃってんの?  やっぱ俺なんかしたか? 俺はどっちかってぇと女のほうが好きなんだが…!」
「どういう意味だよそれ…。」

なんだこのアホみたいなやりとりは…。
ふと、ママルカとの会話を思い出して久々に笑いがこみ上げてきたが、いまはくすくす笑いすら頭に響きそうだ。おお…もう…。
そのとき、部屋の扉をこつこつと叩く音が聞こえた。

「はいはい、お邪魔するわよ? いいわね? 入るわよ? 入っちゃうからね?」

やけにしつこく念押ししながら、手にカゴを下げたモモディが入ってきた。
ベッドの上にいる俺たちふたりを見て、目を丸くする。

「あら。お邪魔だったかしら?」
「ちがう!」「ちがう!」ハモった。
「そう。なら入らせてもらうわね。クイックサンド特製朝食を主人自ら運んできてあげたわよ。感謝なさい。」

モモディ女史はとことこと部屋の中に入ってきて、カゴをテーブルの上においた。
パンの香ばしい香りがする。それと、焼いた腸詰め肉の匂い。
それから彼女は背伸びしてカゴの中に手を伸ばし、取り出した革の水筒をわざわざベッドの俺に渡しにきてくれた。

「頭、痛いでしょう。薬を持ってきたから飲みなさい。あと、これ。果汁を絞った水。」
「あ…ありがとう…。」

モモディらしい気遣いがうれしい。
もらった薬を口に含み、水筒の水で飲み干すのを見ると満足気にうなずき、それからシグに向き直る。

「シグ、あなたはどうせ昨夜の記憶がないでしょ? なにがあったか教えてあげましょうか?」
「お…おう。」

モモディが言うには、俺が飲み過ぎてぶっ倒れたあと、シグ自ら負けを宣言したそうだ。
で、酔いつぶれている俺をひょいと担ぎあげて部屋に引き上げていったらしい。
まさかの大穴で乱闘が起きそうになったらしいが、それは俺達の責任じゃないだろう。

「と、いうわけで、お代をいただきに上がったのよ。はい。」

昨日飲み食いした分の請求書をぐいと付き出してきた。
受け取ったシグが「ああ!?」と声をあげる。どうやら痛い出費になってしまったらしい。
ほとんどはシグが飲んだ酒代だと思うけど、勝負の半分くらいは出さないとダメかな…。

「これ以上のツケはダメよ? ウルダハの復興に協力すると思って、これからもジャンジャン呑みにきてちょうだい。それじゃあ、ごゆっくり。」
「まいったなぁ…。」

口に手を当ててウフフと笑うと、モモディは部屋を出て行った。
彼女の態度から察するに、シグはここの常連らしい。
シグに代金は払えるのかと聞いたところ、それは問題ないとの返答だった。
ただ、調査費がどうこう、滞在費用がどうこう、ぶつぶつつぶやいている。

「なあ、おい。ムサシ、お前、どこに住んでんだ?」
「下層。新門の近くだけど。」
「いままでおっかさんと住んでたならそこそこ広さはあるよな? よし、今夜から俺を泊めろ。」
「はあ!?」

いきなり、なに言っちゃってんですかこの人は…。

「いいだろ! かわりに格闘術教えるからよ! なっ!」
「なんだよそれ! そんなら最初から飲み比べなんか…あいてて…。」

頭痛に顔をしかめながら、ふと気づいた。
シグが俺の名前を躊躇なく呼んだこと。それから格闘術を教えると自分から言ってきたこと。
もしかして、これはすべてシグが仕組んだことだったんだろうか…。



シグの企みはさておき、その日のうちに彼は身の回りの荷物を持って俺の家に転がり込んできた。
日中は仕事に出ているし、その間、特に来客があるわけでもないので、部屋は好きに使っていいと伝えると、彼はどこからともなく毛布を調達してきて、部屋の隅に落ち着く場所をこしらえてしまった。

シグはシグでなんらかの仕事をしに毎日でかけているようだったが、空いた時間は約束どおり俺に稽古をつけてくれた。
格闘術の師範としての肩書もあるそうだが、実戦経験も豊富らしく、彼の教え方にはまったく無駄がなかった。

「いいかムサシ。格闘士には飛び道具がない。だが敵の意表をつくことは大事だ。どうする?」
「どうするって? うーん、蹴ると見せかけて殴る、みたいな?」
「フェイントか。それもいい。だがな。意外と効果があるのが…。」

いきなり回し蹴りを食らってふっとんだ。

「話しながら急に攻撃することだ。はっは。避けられなかったろ?」
「ひ、卑怯だー!」
「卑怯だっていい。命をかけた勝負にルールなんぞねぇ。最後に立ってたもんが勝ちだ。」

一理ある。

手段を問わず、勝つためならなんでもしろ。
ためらうな。最後まで決して諦めるな。

彼の教えには迷いがなく、単純明快でわかりやすかった。
ミコッテの生き方にもそんなところがあるけれども、彼はそれを実践している人物だった。

シグは急にふらっといなくなったかと思うと、数日経って戻ってくるということが度々あった。
詮索はしなかった。いつか機会があれば教えてくれるだろうと思っていたし、こちらにも教えたくないことくらいある。

そんな風に、妙な同居人ができてからはやくも一年が経過しようとしていた。
格闘術の手ほどきを受けながら、基礎体力をつけるための運動も毎日欠かさずやっていたから、今ではシグとまともに手合わせができるようになっている。
その日はとっぷり日が暮れてから、いきなり稽古をつけてやるなんて言い出した。
家の中で暴れるわけもいかないので、人通りの少ないエラリグ墓地の近くまで足を運ぶ。アマルジャと俺がはじめて対峙した場所だ。
まずふたりで向き合いお辞儀をする。それから互いに軽く突きや蹴りを繰り出し、徐々に身体を温める。

「ミコッテは運動神経が良いな。思いのほか上達がはやい。」
「だけど攻撃に重さがないから、やっぱりシグみたいには戦えないよ。」
「そうだな。俺には重さと大きさという強みもあるから、大型の敵とも真正面から渡り合える。」

言いながら、シグは身体をぐっと低く構えた。
気づいて咄嗟に横に避けたら案の定だった。突進をかわされたシグは踵を軸にしてくるりとこちらに向き直る。

「ミコッテの武器はその身軽さ、俊敏さだ。敵を翻弄しろ。懐に入れ。」

今度はこっちが唐突に距離を詰め、シグの脇をすり抜けて背後に立ってやった。
そのまま背中に正拳突きを入れようとしたが、即座に反応され、拳を受け止められた。くそっ。

「今の場合は下段にまわし蹴りがいい。意表をつくことができる。」
「顔を殴るのは?」
「それもありだが、お前チビだし届かないだろうが。」

ゲラゲラと楽しそうに笑われてしまった。
そりゃあ…シグに比べたらチビだし、この先、背が伸びることもなさそうだけどさ…。

「ああ、悪い悪い。チビって言われるの嫌いなんだっけか。」
「いいよ、別に。チビだし…。」
「そう不貞腐れるなって。よし、今夜はちと良い飯を奢ってやろう。」

お詫びのつもりなのか。シグに連れられていったのは、政庁層の高級酒場だった。
このあたりもだいぶ復興が進んでいるらしく、最後に火事で騒然となっていた様が想像できないほど元どおりになっている。
酒場は上等な服を着た商人や役人たちで賑わっていた。これはちょっとまずいかも…。

思ったとおりだ。俺が娼館にいたときに見かけた顔が何人かいる。
高級娼館はどうやら秘密の商談の場としても活用されているようで、それ目的で訪れてくる商人もいた。
もちろん、商談をしながらお楽しみのほうもという者だっているわけだが。

シグは俺の内心などまったく気づかない風で、ウェイトレスにいくつかの料理と酒を注文している。
俺はできるだけ他の客から顔が見えない席に座った。

そう、今になって思い出したのだが、俺は仕事中は共通語がわからないふりをしろと言われていたんだった。
こんな風体だし、実際ウルダハにたどり着いた時点では共通語は知らなかったわけだから、わからないふりをするのは容易かった。
どうしてそんなことをしなくちゃならないんだと聞いたら、そのほうが客も娼館を便利に使えるからということだった。
なるほど、秘密の商談や知られたくない話をするのに都合がいいものな…。

「値段ははるが、こっちの酒や料理のほうが美味いよなあ。あっ、モモディには内緒だぞ!」
「はは。そうだね。」

ふたりで料理を食べ、酒を飲みながら、当たり障りのない会話をする。
ふと、シグがときたま俺の向こうに鋭く視線を走らせているのに気づいた。誰か見張っているんだろうか?
そこでわざとフォークを落とし、それを拾いながらちらりとシグの視線の先を確認した。
そして見たくないものを見てしまった。何度なく娼館で俺が相手をした男の姿を。

そいつは浅黒い肌のミッドランダーで、短く刈り込んだ銀髪に、整えたあご髭を生やしている。
いつも豪奢な飾りのついた砂漠風の服を着ていたのを覚えている。
いまは多少質素な身なりになっているが、間違いない、あいつだ。名前はなんていったっけ…。

シグが見張っているのはあいつらしい。でも、どうして?
元通り椅子に座り直しながら、あいつが客としてやってきたときの記憶をたぐってみた。
あいつはいつもおどおどした目つきのもうひとりの男を伴ってきていて、商談らしき話をしながら俺を組み敷くのが好きだった。どうやら情事を人に見せつける趣味があるらしい。

身体を売っていたとはいえ、俺にだって羞恥心も矜持もある。
だから、俺を食い入るように見ているもうひとりの男の視線から顔をそらそうとしたり、なんとかして声をあげまいと頑張っていた。
ところがかえってそれがあいつを喜ばせてしまった。手枷や足枷で身体の自由を奪われたり、目隠しをされたりした。そのうえで手荒に扱われるものだから、さすがに悲鳴をあげることさえあった。それから…。

「そうだ、あいつを追ってる。」

シグの声で我にかえった。俺もあいつを観察していたことに気づいたらしい。
食事を続けているふりをして、低い声でこう続けた。

「あいつは表向きは商人だが、ウルダハのスパイだ。」
「スパイ?」
「ああ。国の勅命を受けて他の国の内情を探ったり、敵の情報を集めたりする裏の稼業…つまり密偵だ。だが、あいつにはもうひとつの顔もある。帝国のスパイという顔がな。」
「…どういうこと?」
「つまり二重スパイってことさ。あいつは帝国の情報をウルダハに渡しながら、ウルダハ側の情報を帝国に売ってやがった。これまでずっと内偵を続けてきたが、ようやく尻尾を掴めた。」

いつも陽気なシグが珍しく苦々しい顔をしている。

「あいつが…あいつのせいでアラミゴや帝国に潜入している俺の仲間たちが一斉に捕らえられた。ひどい拷問の末に殺された者だっている。」
「つまり、シグもスパイってこと?」
「ああ。そしてあいつの裏切りによって帝国に捕らえられたひとりだ。俺のこの片目、生まれつきのものだと思ったか?」

淡黄色と紫色のオッドアイ。珍しいなと思っていたが、生まれつきではなかったらしい。
そういえば、シグは右側に立たれるのをなんとなく嫌がっていた。もしかして片方の目はあまりよく見えないのかもしれないと感じることもあったが…。

「帝国兵に拷問されてな。殺さず苦痛を与える方法をあいつらは心得てやがる。あやうく正気を失うところだったが、たまたま潜入してきた同業者に助けられた。もう数年前の話だ…。」

シグが身の上を語り始めるとは思ってもみなかったことだが、それだけ俺を信用してくれたということなのかもしれない。
いろいろと考えていたら、急にシグが席を立った。俺にも立つよう促す。
視線を追うと、あいつが店を出て行くところだった。

「おまえを連れてきたのはあいつを捕らえるためだ。協力してくれるな?」

俺はシグの目を見つめ、黙って頷いた。



やつの行き先はシグがだいたい把握していたから、ふたりで挟み撃ちにするのは容易いことだった。
俺がわざと気配を消さずに男を追うことで警戒させ、待ち伏せしているシグが捕らえるという作戦だ。
はたして、俺たちは人気のない路地裏にまんまとやつを追い込み、気絶させて家に連れ帰ることに成功した。

家につくと、気を失ったままの男を椅子に座らせ、両手と両足を椅子に縛りつけた。
それからシグがやつの頬を手荒に叩く。
気絶から覚めた男は何度か目を瞬くと、目の前に立っているシグの顔を見て驚きの声をあげた。

「おまえ…シーグフリード! 生きてやがったのか…。」
「いよう、久しぶりだな。ジェルモン。しばらく見ないうちにずいぶん羽振りが良くなったじゃねぇか。」

腕組みをしたシグがジェルモンを見下ろして、影のような暗い笑みを浮かべた。
シグはジェルモンに復讐心を抱いているはずだが、殺気は露ほども感じられない。強い自制心の賜物だろうか。

「おまえにはいろいろと聞きたいことがあってな。身に覚えがあるよな?」
「一体なんのことだ。仕事はきっちりやってるぜ。…ん?」

ジェルモンの視線が、壁に背を預けてシグの尋問を見ていた俺に注がれた。
さすがにこの至近距離ではやつに気づかれないわけがない。

「あいつ…娼館にいたミコッテの男娼じゃねぇか。シグ、おまえの手駒なのか?」
「ああ? いったいなんのことだ。」
「間違いねぇ。はっきり覚えてるぞ。娼館ではマウとか呼ばれてたよな、お前。」

尋問しているやつに質問されてたまるか。俺は黙ってジェルモンを睨みつけた。
マウ…そういえば、そんな風に呼ばれていたかもしれない。猫って意味らしい。
ふと冷たい首輪の感触を思い出して息苦しくなった。

「話を逸らすな。お前、仲間を売っただろう。」
「はぁ? 仲間ってなんのことだ。俺に仲間なんていねぇよ。」
「しらばっくれるのもたいがいにしろ。お前が帝国との二重スパイだって裏はとれてる。地下牢に連れて行く前に申し開きを聞いてやろうとしただけだ。」

ジェルモンの顔が苦しげに歪んだ。
シグに対しては言い訳が通用しないことを悟ったらしい。額に脂汗が浮かんでいる。
ふたたび俺の顔をチラリと見たジェルモンの目がずるそうに光った。

「なあ、シグ。こいつ、こう見えてなかなか強情だろ?」
「ああ、まあ、そうだな。」

やつが言っていることは意味合いが違うが、シグは相槌を打った。
ジェルモンが口元を歪めて、俺に向かって話しかける。

「おまえ、縛られるの好きだよな。代わってやろうか。いつも縛っただけで震えだして、突っ込むといい声だすもんな。」

好きなものか。ブルに暴行されたときのトラウマがあるだけだ。
おまえこそ、こっちが嫌がっているのをわかってて、思う存分いたぶってくれたよな。
頭が沸騰しそうなほど熱くなった。あのとき受けた辱めと痛み、怒りが全身に満ちる。
抑えていても手が震えた。腰のベルトに挿しているナイフのことを強く意識する。

俺の具合がどんなだったか。
どんな風に突いてやると声をあげるのか。
いつも強情に我慢しているが、どのようにすると観念するのか。

「ふたりがかりで足腰立たなくなるほど可愛がってやったよなぁ。覚えてるか?」

ジェルモンは薄笑いを浮かべながら得意気にぺらぺらとしゃべった。シグは黙って聞いている。
うるさいな…。誰かこいつを、うるさいこの口を黙らせてくれ。
いや、黙らせるのは簡単だ。やつの後ろに立って、このナイフで喉を切り裂いてやればいい。
そうすれば聞きたくもないことを聞かされずに済む。

頭の中で、やつを殺すところを想像した。
それはあっけなく果たされ、やつは喉から大量の血を吹き出しながら絶命する。
返り血を浴びた俺は凄絶な笑みを浮かべ、それから、喉を切り裂かれて事切れたジェルモンも笑っている。

笑っている…。

唐突に気づいた。こいつは、俺を激昂させて口封じさせようとしている。
いまにもナイフに右手をかけてしまいそうだったが、ぐっとこらえた。
目を閉じて深呼吸する。沸騰していた頭の熱が急激に冷め、かわりにひやりと冷たい氷のようなもので満たされた。

「話はそれで終わりか。」

俺が口を開くと、ジェルモンがしまったという顔をした。

「俺はシグの手駒じゃない。でも、いつもおまえらの話は聞いてた。たしか、草を集めて刈り取るって言っていたな。」

思い出す。こいつの下卑た笑いと、おどおどした相棒の血走った目。
おまえもめちゃくちゃにしてやりたいんだろ? と、こいつは相棒に声をかけ、縄で俺の両腕を縛って、それからふたりがかりで好きなようにされた。
そのときに話していたのが、符牒めいた会話だ。俺は苦痛の声をあげるばかりだったが、すべてしっかりと覚えていた。

淡々とした口調であのとき聞いた符牒を話していくたび、やつが顔色を失っていくのがわかった。
意味はわからないが、どれもこれも二重スパイであるという証拠を裏付ける内容であるらしい。
シグはそれも黙って聞いていたが、やがて俺の肩に手をおいて遮った。

「わかった。もういい、ムサシ。相棒とやらの顔は覚えているだろ?」

俺は頷いた。
シグも俺に頷き返すと、今度はジェルモンを縛り付けた椅子のまわりをゆっくりと歩きはじめた。

「俺は我慢強いほうだがな。帝国で受けた拷問、あれはさすがにこたえた。」

ジェルモンは俯いてブルブルと小刻みに震えている。顔色は白く、脂汗がこめかみを伝っていた。
いま口を割らなくても、いずれ地下牢に連行されてすべて白状させられてしまうだろう。

「知ってるか。指先は神経が集まっていてな。爪の隙間に針を刺されるだけでも気が遠くなるほどの痛みだ。徐々に針を増やしていってな、指先の感覚が鈍くなったら、今度は一本ずつ切り落としていく。指先からだんだん小さくなっていっても、人間、簡単に死んだりしないからな。」
「う…ウルダハで拷問なんてするわけが…。」
「まあ、ウルダハではやらんさ。だが、俺はどうだかわからんぞ。」

シグがジェルモンの頭を掴み、ぐっと顔を近づけてニヤリと笑った。
相変わらず殺気は感じないのに、彼の腹の底の憎悪と怒りが感じられるような凄絶な笑みだった。



やがて衛兵が数名呼ばれ、ジェルモンは地下牢に連行されていった。
やつがいつも娼館に連れてきていた相棒の特徴を聞かれたので、覚えていることをすべて話した。
衛兵とともに現れた数名の冒険者らしき連中がシグと何事か言葉を交わしていたが、やがて足早に家を出て行った。
シグが言うには、政府の下っ端役人の中に特徴が合致する者がいるらしい。すぐに捕らえるとのことだった。
家に静けさが戻ると、シグは椅子に腰を下ろし、やがて重い口を開いた。

「本当いうと、はじめはおまえのことも帝国のスパイかと疑っていろいろ調べていたんだ。すまんな。」
「俺のこと、全部知ってたんだ。それで近づいた?」
「ああ…それが仕事だしな。因果な商売さ。」

続けて、シグは静かに語り始めた。それは長い話だった。

味方だと思っていた者の裏切り。帝国によって殺された自分の妻と幼い子どもたちのこと。
帝国への復讐心からウルダハの密偵になったが、そこでもまた味方の裏切りにより、仲間の命が多く失われたこと…。

彼の底抜けの明るさは、この辛い体験の裏返しだったのかもしれない。
俺を疑っていたとはいえ、それは彼の任務だ。責めることはできなかった。

「さっきはよく堪えたな。あいつの口車に乗せられてしまっていたら、俺もお前になにをしていたかわからん。」
「俺を怒らせて、殺させようとしてた。途中であいつの狙いに気づいたから、衝動を抑えることができたんだ。」
「ああ、それでいい。」

シグは立ち上がると、俺の肩をぽんと叩いた。
同じだ。レオンと、それから親方とも同じ。お前はよくやってると褒めてくれるときの叩き方。

「自分で下した決断をお前が恥じる必要はない。他人がどう言おうがお前の価値が変わることはないんだ。」

その言葉は、俺の胸のうちにすっと入ってきて、そしてすとんと腑に落ちた。
そうか、はじめから恥じることなんて、何一つなかった。

自分が正しいと思うことをして生きなさい。
誰がなんと言おうと、おまえの生き方はおまえ自身が決めることだ。
おばあの言葉が鮮やかに蘇ってくる。

いつの間にか夜が明けて、外は明るくなっていた。すでに日が高い。
家を出ると、覆いかぶさるような建物の間に、ウルダハの高い空が見えた。
深く息を吸い込むと、清涼な風の匂いがした。天空を渡る風の匂いだ。
視界が開け、頭が鮮明になり、身体の底から力が湧いてくるような気がした。

⇒エピローグ



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